2016.10.11

信州、上州の真田旧蹟をあるいた

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 2016年10月11日(火)はれ
 今月8日(土)~10日(月・祝)の三連休は、僕主催の日本史ツアーで信州・上州の真田へ行っておりました。
 初めてのところばっかりだった。まずはベタな川中島古戦場跡八幡原史蹟公園の信玄・謙信像。建立年は1969年でNHK大河ドラマ「天と地と」の年。実に分かりやすい。
  
 有意義な出会いの筆頭は、松代城本丸に再現された土塁埋門(うずみもん)かな。こんな土塁出入り口が実在したんやと感激。

 以下がそれ。松代城本丸土塁の埋門の描写。現地解説板から。

それから名胡桃城二郭の排水口が土塁を切っていたっぽいこと。それを示した解説板。また土塁か。

実際の名胡桃城二郭北虎口(東から)。土塁は再現されたもの。土塁の左手(南側)が排水口推定地。ここは土塁を再現せず、緑地で跡を示すにとどめてある。西の崖下に悪水を落としたと推定されている。

 
 うれしかったのは、1923年もしくは1924年建立の徳富蘇峰揮毫の名胡桃城跡碑をガイドさんが特筆し、これが1949年だったかな、群馬県史跡指定につながり、旧蹟保存の端緒になったように位置付けられていたこと。
 

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2016.03.01

大河「勝海舟」を観て云々

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2016年2月29日(月)あめ

 「都名所図会をあるく」の日だが、雨天のため中止。本日、予期せず内勤に変わる。主に確定申告の書類など。

 昼食時、観れてなかったNHK大河ドラマ「勝海舟」総集編前篇を観る。1974年の作品とは思えない優れたもの。というより、なにしてんの、いまの大河(「花燃ゆ」にいっとる)。少し前に観た後篇では、文久2年(1862)の大政奉還論が細かく描写されていた。1974年の大河でそんなことをしていたのかと感嘆。この話、なぜその後一般に膾炙しなかったのだろうかと不審である。

 また龍馬殺害を薩摩実行犯(中村半次郎)で描かれていたことに衝撃。全く知らなかった。こりゃ故西尾秋風さんのお仕事に影響与えてたんやろうなと、いまさらながら。

 もちろん薩摩島津家が龍馬殺害に実行も黒幕も関係していないとは、すでに当然のこととして。

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2012.07.29

【講座】幕末会津と新選組

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 NHK文化センター京都教室で、本年10月より以下の講座を行います。まずはご紹介まで。

「八重の桜」の時代―幕末会津と新選組

来年のNHK大河ドラマは、同志社を創始した新島襄の妻八重(1845-1932)が主人公の「八重の桜」です。ドラマ前半の舞台地のひとつが、幕末京都です。八重は、会津松平家家臣山本家の娘でした。その兄覚馬は、京都守護職に任ぜられた当主松平容保(かたもり)のもとで、京都において他の大名家や公家と折衝する外交官でした。

松平容保は孝明天皇に信頼され、一橋慶喜や実弟で京都所司代の桑名侯松平定敬(さだあき)とともに「一会桑(いっかいそう)」とよばれる勢力を維持し、京都政局の中心にいました。ちなみにそれを支えた最強軍事力が新選組です。八重は兄覚馬を通して、いかに会津松平家が「正義」の活動をしていたか自負していたはずです。

幕末京都に会津があったことはよく知られていますが、薩摩や長州とくらべて、その実態はほとんど知られていません。新島八重を理解する前提として、幕末京都の会津の活躍を信用できる史料にもとづいて紹介したいと思います。

1.    会津侯松平容保、京都守護職就任(10月16日)

2.    会津軍、上洛す(11月20日)

3.    はじめての浪士逮捕―足利三代木像梟首事件(12月18日)

4.    浪士組の組織―新選組誕生へ(2013年1月15日)

5. 230年ぶりの将軍上洛を迎える―攘夷の指向(2月19日)

6.長州との対決―八月十八日の政変(3月19日)

原則、第3火曜日、午前10時~11時30分

講師:中村武生

お問い合わせ:NHK文化センター京都教室http://www.nhk-cul.co.jp/school/kyoto/

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2012.05.25

福原京域をあるいた

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 2012年5月24日(木)、京都新聞文化センターの巡検で、山田邦和博士案の福原京域(兵庫県神戸市)をあるいた(同博士『日本中世の首都と王権都市-京都・嵯峨・福原』、文理閣、2012年3月)。

 神戸大学医学部付属病院敷地で見つかった二重堀により、飛躍的に福原京復元研究は進んだ。

 堀は保存運動が展開され、破壊を免れている。地表面に遺構を露出させているとは思っていなかったが、やはりその地に立ってみましょうということで、行ってみた。

 するとちゃんとカラーの写真・地図入り解説板が立っていて感心した。

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 下はその場所。駐車場の地下に眠っているそうだ。

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 安徳天皇の「新造内裏」第1案や、平頼盛亭跡とされる荒田八幡社、後白河三条殿跡などとされる祇園遺跡、祇園社、清盛邸跡、雪御所跡(平重衡亭跡)など3時間歩いたが、まち全体で同京跡であることを顕彰しようとしていた感じをうけた。

 前日、よみうり文化センター京都教室の巡検で歩いた長岡京域も同様の思い(どちらかというと自治体=向日市主導だが)をもった。これにくらべて京都市は・・。六波羅殿跡、西八条殿の発掘成果や地表面表示があきれるほど少ない。

 写真は「雪見御所旧跡」碑(湊山小学校敷地北側、道路に面して)。

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 なお祇園社、2年前、同じく京都新聞文化センターの龍馬巡検でも来たことを思い出した。勝海舟の支援者のひとり生島四郎寄進の燈篭と、至近にそのの邸宅もあったから。

 奇遇にたいへん驚く。

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2010.02.18

大河「草燃える」1・2回をみての感慨

 大河「草燃える」の再放送がはじまっている。

 どうかと思うが、いまのところ欠かさず見ている。すでに2回が終わった(第1回「蛭が小島の流人」、第2回「恋文」)。

 ほんとうに初めてみた。実に新鮮である。

 当時、僕は小学校6年生で、その年初めて学校で「歴史」(日本史)を習った。すぐにはまり、歴史好きの父が毎年欠かさず見ていた大河を初めて僕も見ることになった。

 記憶に残っているもっとも古いシーンは、義経(扮するは国広富之さん)の初陣ぐらいなので、おそらく第17回「義経出陣」(1979年4月29日放映)あたりから見たのだろう。

 そんなわけで、重ねていうが第1話、第2話はみていない。

 「総集編」は市販されているので見ているが、そこでカットされた部分はくどいがまったく初めて見た。

 市販された「大河ドラマストーリー」や、甲子園阪神パークで開催された菊人形「草燃える」展で掲載・掲示されていた写真を記憶しているが、総集編でカットされていたため、いったいどこの何のシーンかまったくわからなかった。

 それが、今回はじめて分かった。

 たとえば盗賊のかしら苔丸(扮するは黒沢年雄さん)が、なぜか烏帽子をかぶっているカットをみたことがある。しつこいが、何のシーンかわからなかった。

 それが第1話冒頭に登場した。

 内裏の清涼殿に盗みに入ったときの戯れ事シーンだったのだ。

 感慨ぶかい。

 30年の謎が毎日解かれている。こんなことがあるんだなあ。

 長生きするもんだと思っているしだいです。

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2010.02.16

大河「草燃える」再放送開始される

 明日2月17日(水)から、1979年(昭和54)のNHK大河ドラマ「草燃える」(全51話)が完全再放送されます。

(CS「時代劇専門チャンネル」。午後0時から(再々放送は翌日午前0時から)、月曜日から金曜日まで)。

 この日を約30年間待ち続けていました。

 タイムマシンがあったなら、中学生の自分に連絡してやりたい思いです。感激に打ちひしがれたはずです。

 去る2月6日(土)には、それに先立ち、鎌倉市の建長寺で、俳優滝田栄さん、演出大原誠さん、脚本中島丈博さんを囲んだプレイベントがありました。

 僕も当選したので、参加の権利がありましたが、別の用事に行かねばならず、泣く泣く断念しました。

 本日、それに参加された友人Hさんから、当日配布資料のコピーとお話を頂戴しましたが、想像を上回るマニアぶりでした。

 僕が参加しないところで、そんなえげつないイベントが行われたことが不思議に思えました。

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2009.03.17

NHK大河ドラマ「草燃える」放映に狂喜

 僕をこの世界に導いた力のひとつにNHK大河ドラマがある。

 小学校六年生だった1979年(昭和54)、歴史を学校でまなんでのめりこんだ。

 その年の大河ドラマは「草燃える」だった。途中から見だした。

 拙宅にビデオが来たのは、1982年(昭和57)だったから、当時視聴した回でも手元で保存していない。いま一度みたいものだ、と願っていたが、総集編以外は発売されていない。放映分のすべてが保存されていないとも聞いていないので、発売されることは困難とあきらめていた。

 来月からスカイパーフェクトTVの「時代劇専門チャンネル」で、「草燃える」現存回の放映が開始されると知った。狂喜している。

 「時代劇専門チャンネル」に登録していなかった。さっそくその手つづきをすることにした。詳しくはこちら→http://www.jidaigeki.com/taiga/

 まったくの偶然でこのことを知った。きづくのが遅れたら地団太をふんだことだろう。ぎりぎりまにあった。呼ばれたのだ。やはり願いは必ずかなうのだ。ありがとうございました。

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2006.10.30

今日は事務所に軟禁

10/29(日)晴れ
 本日も日本史研究会の大会の日なのだが、原稿がたまっているのと、事務所(研究所とはよばない)がちらかりすぎたので、本日はその処置。

 外出せず。
 万歩計、1000にも達せず。

 「功名が辻」、いいシーンなんだがな。
 このドラマの大事な見せ場なんだがなぁ。

 でもいつもと同じ抑揚。

 今回はいつもとちがう台本・演出をしなきゃ。
 いつもはフィクションだらけなのに、前回・今回は史料上、ノンフィクションな部分が多いのに。

 妻からの密書を、一豊は家康に直接手渡してないよ。

 あかんなあ。
 つまらない。

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2006.10.23

使者田中孫作、期待はずれ

 10/22(日)はれ
 平安京・京都の誕生日。延喜13年(794)、遷都令が出された日。

 嵯峨野学芸倶楽部の「京都歴史講座」に出講。
 タイトルは「わかってきた伏見城・城下町」。
 
 でもその前に、「今日と次回の大河ドラマはみないといけません、今回のをみないと「功名が辻」をみたことにならないです」とご紹介。
 下野の山内一豊のもとに走った、妻からの使者田中孫作のエピソードを原典にあたりお話しました。

 終了後、「誕生日」なので、北野白梅町で受講生Eさん、Kさんと懇親会。
 帰宅して仮眠。

 大河「功名が辻」をみる。
 期待はずれ。
 盗賊に身包みはがれ、屈せず、別の人間の衣装と大小を奪うシーンなし。
 頼りなげな使者という演出、何の意味がある?

 夜12時前、「日めくりドリル」今回の分完成し担当Yさんに送る。

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2006.08.14

大河、つまらない

8/13(日)はれ一時雨
 大河ドラマ、先週につづいて見る。

 以前にも思ったけど、蜂須賀小六のあのコスチューム、なに?
 戦国・織豊期にあんな衣装、絵画資料(もしくは現存衣装)などにあるの?

 そういえば竹中直人氏主演の「秀吉」で、大仁田厚氏も同様の衣装でした。

 個々の俳優の好演は感じるのに、どうして番組全体はこんなにつまらないの。
 脚本? 演出?

 1度の回で、旭姫の輿入れ、大政所の浜松入り、家康の上方行きをやることにも無理がある。
 せっかく1年50回もあるのだから、もっと間を大事にしなきゃ。
 
 次回は一豊母の死と、養子湘南の「発見」らしい。
 見れるかなあ。

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