2006.11.21

昔の知人夫婦に声をかけられる

11/20(月)くもり
 なんだかんだと、しなければならないことが多すぎる。
 そのうち、ふたつをこなし、天理大学へ。
 1週間ってはやいなぁ。

 午後5時、京都に戻ってくる。
 
 地下鉄に乗って少し寄り道をする。
 下車し、ある店に立ち寄る。
 そこでパソコンを打っていると、以前書斎にしていた木屋町の「G」の年配の常連客夫妻がおられ、声をかけてこられる。
 こういうのってうれしいな。しらんふりじゃなく。

 また今度もお声をかけてください。

 今日はせっかくカサを持って出たのに使わなかった。
 損した気分。

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2006.09.06

民芸公演、明石原人をみる

9/4(月)はれ
 夜、京都会館第2ホールへ。
 「明石原人―ある夫婦の物語―」(作・小幡欣治、演出・丹野郁弓)を見に行く。

 素材のみ「直良信夫伝」ですが、事実に即したものではありません。
 が、とてもよいものでした。
 思うことたくさんあり。

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2006.06.11

【訃報】西村幸信さん、逝去

 ショックです。
 友人、西村幸信さん(日本中世史研究者、奈良県大和郡山市・柳沢文庫学芸員)が、本日(6/11)逝去なさいました。
 肺癌の由です。今年38歳のはずです。
 
 西村さんとは、ちょうど10年前、大阪市立大学の中世史研究会の、京都巡検でお目にかかりました。
 一時、僕は仁木宏さん(同大学助教授)のゼミで学ばせていただいておりましたので、教室学習、巡検、合宿、さまざまな場所でお目にかかりました。

 柳沢文庫に就職されたのちは、僕が天理大学の講義で郡山を巡検する際、大変お世話になりました。
 めったにみれない絵図を特別に出していただき、学生たち、大喜びでした。
 講義ではコピーしか配れなかった城下町絵図の、その本物を出していただいたのです。
 大変ありがたいことでした。

 最後にお目にかかったのは、本年3/24(金)。
 年配の友人2人とともに突然柳沢文庫を訪れました。
 展示の解説をお願いすると、体調悪く申し訳ないができないといわれました。
 
 別の方からすでに不調をうかがっていましたので(病名は知らない)、どうぞ大事にしてくださいと申し上げましたところ、せめてのお詫びにといわれ、玉稿を2部頂戴しました(本ブログ3/25条参照)。

 まさかそれが最後になるとは!

 冗談ではない。まだまだこれからではないか。
 泣くになけない!
 
 明日通夜、明後日の告別式ですが、近しいご親族だけで催される由です。
 心よりご冥福をお祈りいたしたく存じます。

 悔しい。

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2006.06.07

小林地図店へいく

 6/7(火)はれ
 友人と午前中、東本願寺門前の小林地図店に行く。
 
 6/1からあらたに地図記号採用された、風車と老人ホームの載った地形図を購入。
 京都25000分の1、京都集成図をみつけ歓喜の声をあげる。
 各地図専門店、すでに品切れなのです。
 が、残部ありました。
 ついに見つけました。

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2006.06.02

人気ブログランキング8位

ブログ人気ランキング。
えらい落ちたものだあと感慨。
いま8位です。

でもね、訪問者はこれまでとほとんど変化してないのですよ。
なんだなんだという感じです。

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2006.06.01

桑原先生を想って飲む

5/31(水)はれ
 佛教大学、講義。
 新選組・近藤勇論を展開。

 夜、三宅日記輪読会。
 本日、佛教大学人文学科の懇親会らしい(連絡は無かった)。

 研究会終了後、R命館大学K原先生と木屋町で二次会。

 亡き桑原公徳先生(歴史地理学)の思い出話し。
 よい先生でした。
 忘れません。

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2006.05.21

江戸後期の尾張日記を入手

5/20(土)あめのちはれ
 
 新創社の松岡満氏から、『京都時代MAP 安土桃山編』(光村推古書院)が恵贈される。
 こちらは以前に同書の『幕末編』を出されています。

 おもしろい地図帖で、過去の歴史地図の上に、トレーシングペーパーに印刷された現代地図が重ねられています。
 一見して歴史の舞台地が現在のどこにあたるのか、分かるようになっています。
 安価なのもうれしい。おススメです。

 本日も古書市に。
 昨日の「日記」の二冊目がないか探しにゆく。
 さすがになし。

 でも尾張国の江戸後期(ほとんど幕末)の日記をみつける。
 また二束三文。

 帰宅してから読解に没頭。
 
 これは昨日のものよりおもしろいぞ。

 代官所の県令や手代がやってきたり、関係者が名古屋にしょっちゅう出府したり、別の関係者が京都に来たり(宿は東洞院通下数珠屋町)、弘化4年(1847)3月24日の善光寺地震の風説が記録されてあったり。
 
 記主はただものではない。
 地域の名士だろう。 

 名古屋地域の歴史研究にとって、けっこう大事な記録である予感。
 時間があるとき精読します。

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2006.05.20

古書市で近代の文書、記録を入手

5/19(金)あめ
 夕方、高倉三条あたりをあるく。
 たまたま京都文化博物館で古書市をしているのを見る。
 立ち寄ってみる。

 刊本より古記録、古文書が気になる。
 幕末の文書1通と、近代の商家の日記1冊を購入。安価(2束3文)。

 帰宅して読む。

 幕末の文書は慶応2年9月のもので、「青蓮院宮様御家来武田相模守(信発)」という文言あり。

 日記は、現在の左京区の質屋のもの。
 1909年(明治42)から大正10年(1921)の13年分。

 記主やその家族構成、使用人も記載、菩提寺もわかる。
 その家の間取りや、おくどさんのイラストもある。

 これはおもしろい。

 この「2束3文」に価値を与えるのが研究者なのだなぁと思う。

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2006.05.12

事務処理が多い

5/12(木)はれ
 久しぶりの「休み」。
 家に籠もって事務処理。
 検定ドリル執筆、あさっての朝日カルチャーセンター講座の準備、掃除、など。

 夕方から、友人M氏に呼ばれて、ある「企画」の話し合い。
 1年先になる、その企画。楽しみ、楽しみ。
 
 夜もまた事務処理。
 なんでこんなにすべきことが多いのか。
 進まないし。

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2006.05.11

完治いたしました

5/10(水)あめ
 腹痛がなくなっております。
 ご心配をおかけしました。
 完治宣言です。

 天誅組の乱の学習。
 奈良県川上村に行かなきゃなぁ。

 夜、友人Nさんと歓談。
 楽しく、勉強になる。

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2006.05.04

体調くずし、寝込む

5/3(水)はれ
 午前中、京都のある祭礼の新聞記事について、読者から事実誤認ではと問い合わせがあったと、
友人の新聞記者から電話がありました。

 で、どっちなんだ?という問い合わせです。

 すぐ調べました。
 答え。
 読者が正解!!
 たいしたものです。

 すぐ友人に連絡し、伝える。

 しばらくしてから体調不良にきづく。
 
 熱を測ると38度6分。
 つよい腹痛にも襲われる。
 寝込む。

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2006.05.02

お休み

ゆえあって、本日お休み。
明日また掲示します。

お許しください。

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2006.04.30

毎日、なにかおこる

4/28(金)はれ
 午前中、京都アスニーで岩城卓二さん(京都大学人文研)の講演を拝聴。
 
 昼食後、岡崎の京都府立図書館へ文献複写に赴く。
 実はあたらしくなってから初めてきました。
 
 普段は大学や総合資料館を使えばことたりますので。 

 午後3時、佛教大学で、光村推古書院の上田啓一郎さんや、新創社の松岡満さんとおめにかかる。
 近刊の『京都時代マップ』安土桃山編に、僕の過去の成果を活かされる由、そのごあいさつ。

 とてもお話し盛り上がる。
 地理学の故・足利健亮先生を偲びました。

 お別れしたのち、急に思い立って、友人M氏邸を訪れる。
 そこで思わぬ話しがおきて、あれよあれよといろんなことが・・・。
 実現するかはまだ未定ですが、まちがいなく、新しい京都の関心事がふえることになりました。
 (なんのことだ?すいません。まだ非公開)。

 夜、三宅日記輪読会でした。
 あわてて駆けつけるも、ずいぶん遅刻。

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2006.04.14

ナンシー関はすごい

 先日、妹と西原理恵子の話をする。
 妹は「ナンシー関の再来か」というようなことをいいました。

 妹がナンシー関に思い入れがあるとはつゆ知らず。
 
 ナンシー関は、不世出の辛口テレビ批評家です。

 何よりすごいのは、その文章にはかならず消しゴムを彫ったタレントの似顔絵が付されること。
 消しゴム版画家という、もうひとつ別の顔があるのです。
 これがうまい。
 絵に付された「ひとこと」もいい味。

 人は生きていくため、2芸ないといかん、と思わせます。

 今回、作品数冊をざっと見なおしました。
 やっぱりすごい。

 惜しい人を失いました。
 2002年6月12日の逝去です(1962年~)。
http://www.bonken.co.jp/

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2006.04.09

岡田有希子追悼

4/8(土)はれ
 いろいろあって墓参ができませんでした。
 
 1番好きな曲「ポップ・アップ・リセエンヌ」を流し、追悼します。
 2枚目のアルバム「フェアリー」の最後の曲です。

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2006.04.08

岡田有希子の祥月命日

本日は潅仏会(かんぶつえ)です。

それとともに、岡田有希子の祥月命日です。
1986年の他界ですので、もう20年になります。
今年も冥福を祈ります。

本日は偶然、名古屋へ行きます。
時間があれば、海部郡佐屋町(成満寺)に墓参に行きたいと思っています。

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2006.04.06

京の食文化展に行く

4/5(水)あめ
 武市瑞山に関する記録類を読む。
 関心高まる。

 夕方、急にお誘いいただき、京都文化博物館の「京の食文化」展に行く。
 ご同行した方と夢を語る。
 楽しい時間。

 ひとりで裏寺町のお好み焼き店へ行き、くつろぐ。

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2006.03.20

大河「功名が辻」を見て驚いた

 3/19(日)ゆき・はれのくりかえし

 久しぶりに大河ドラマ「功名が辻」をみました。
 
 言葉を失いました。
 
 延暦寺攻めをめぐる信長と光秀の会話。

 1973年の大河ドラマ「国盗り物語」での同シーン、そのままではないか。
 なんじや、そりゃ。

 脚本家、どういうつもり?
 関係者、天下の「大河」でそんなこと許していいの?

 何かのまちがいですか?

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2006.03.03

京都で朝市!!

 京都のまちなかで、田舎を感じることができるイベントのご紹介です。

 ・美山の地鶏が産んだ有精卵を使ったプリン
 (凝固材は使ってません)
 ・ジャージー牛のミルクを使ったアイスクリーム、チーズ
 ・お母さん手作りのお菓子や黒豆おこわ
 ・魚のアツアツ天ぷら
 
 がいただけるそうです。
 僕もぜひ行きたいのですが、この日は山科で講演なのです。
 残念。

***********************
フレッシュ・ファーマーズ・マーケット
~ 「新風館的 朝市」を3月5日に開催 !  ~  

新鮮旬野菜、丹後産コシヒカリ、新鮮なお魚天ぷら、
素材自慢の手作りお菓子(プリン、和菓子、シフォン、マフィン)、
花苗などなど府内各地の農村の方々が自慢の一品を持ち寄って
新風館でファーマーズ・マーケットを開催! 
みなさん是非、お立ち寄りください。

◇ 日時 平成18年3月5日(日)11:00~16:30
◇ 会場 新風館(京都市中京区) 
     http://www.shin-puh-kan.com/guide/guide_access.html 
◇ 問合せ先
京のふるさと交流推進協議会(事務局:京都府農村振興課)
  TEL:075-414-4917 FAX:075-414-4939
E-mail:noson@mail.pref.kyoto.jp
◇ 主催 京のふるさと交流推進協議会
   京の田舎ぐらし・ふるさとセンター 
  協力/新風館,京都府立大学農学研究科農業経営研究室
   ソーシャル・デザイン研究所,京都府農村振興課

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2006.03.02

ずっと雨

3/1(水)あめ
 昨夜からずっと雨。
 外出には不便。

 夜、烏丸丸太町で、友人Uさんと会う。
 わずかな時間でしたが、有意義でした。
 
 本年度最後の月に入りました。
 来年度は超多忙になりますので、準備をしておかないと行けません。
 この3月は有意義に過ごさなければ。

 夜、雨やむ。

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2006.03.01

伯母の告別式

2/28(火)はれ夜あめ

 伯母の告別式に参列する。

 祖父(母方)以来の収骨にも立ち会う。
 「人の死」を現実に感じる瞬間かと思います。
 未成年の参加は3名でしたが、貴重な場だったはずです。

 待ち時間多く、斎場に原稿ひとつ持ち込む。
 運よく、完成目前まで進む。

 収骨のあと、葬儀所に戻り、「初七日」。
 最近は、都市では、初七日を収骨即日にするのですね。
 驚きました。

 夜はみなでお食事。
 伯母を偲ぶ。

 いとこが揃う機会も少なくなりました。
 親睦深まりました。
 伯母も喜んでくれているでしょう。

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2006.02.28

伯母の通夜

2/27(月)
 夜、伯母の通夜に出向く。
 遺族となった伯父、いとこたちと会う。
 
 参列者多く、伯母の生前の交友の広さを知る。
 落涙の方も多く、多数の方から好かれておられたことも知る。
 自分に置き換えてみる。

 長い夜になる。

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2006.02.27

伯母をひとり失う

2/26(日)あめ、夕方やむ

 早朝、訃報あり。
 父方の伯母の他界を知る。
 
 居住地がちかいこともあって、幼い頃、たいへんお世話になりました。
 妹が誕生する前後は、そのお家に住まわせていただいていたこともあります。
 もっとも身近な「おばちゃん」のひとりでした。

 昨年は母方の叔父も失いました。
 そういう時期にきているのか、と思うこと大です。

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2006.02.23

「先生、お幸せそうで。」

2/22(水)はれ、夕方から雨
 河原町のなじみの古書店kに行きました。
 緊急に必要な本がありまして、それを探しに。

 うまいぐあいに見つけました。
 うれしさのあまり、店番をされていた奥さんに「探してたんです!」といい、少し近況など世間話をしましたところ、なんと予期せず200円も割引してくださいました。

 帰り際、「先生、お幸せそうで」と言って見送ってくださいました。

 そんなに「ご機嫌だったか?」と思いましたが、でもきっとそうだったのでしょう。
 好きなことをして暮らせて幸せといわねばなりません。
 
 仏さまと、お世話になっているみなさまに感謝申し上げます。

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2006.02.21

河原町三条、凱旋門閉店

2/20(月)あめ
 河原町三条下る二筋目東入る南側、居酒屋「凱旋門」が本日閉店しました。

 なじみの店でした。
 1988年以来、使用させていただきました。
 
 最後の日、ひとりで行きました。
 カウンターには常連さんが並び、それぞれが持ち込んだ食料をふるまったり、店員さんにビールをついだりと、全く普段とちがう光景。

 これが「店のエンディング」かと興味ぶかくありました。

 閉店のあと、職員さんたちのお別れ会にも参加しました。

 とてもステキな夜でした。
 忘れがたい日となるでしょう。

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2006.02.16

映画「プライドと偏見」を見ました

2/15(水)小雨
 映画「プライドと偏見」を見る。

 原作にあるダーシーのひとこと。
 「教養ある女性のたしなみとして、ピアノ、歌、絵画、ダンスなどはもちろんのことだが、もっと本質的なことがある。それは幅広い読書によって培われる精神の向上だ」。

 女性にかぎりません。
 男もまたしかりです。
 
 これがわかりあえる関係がステキだと思います。
 
 なお主演キーラ・ナイトレイは実に魅力ある女優です。
 大ファンです。

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2006.02.02

河原町、2つのなじみ店が閉店

1/31(火)つづき
 河原町通六角の「京宝ビル」閉鎖の日。
 近々、取り壊されます。

 1階のブックファーストも閉店。  
 駸々堂京宝店以来の店舗です。
 20年通い続けました。

 学部生のとき、バイトしたこともあります。 
 思い出があふれるほどあります。

 最後の最後まで、店員に追い出されるまでいました。
 もっともお世話になった「日本史」コーナーは記念写真を撮りました。
 3ヵ月前から本日まで、拙著が並んだのを見れたのは、最後のよき思い出となりました。

 河原町三条下る二筋目東入る南側の、なじみの居酒屋「凱旋門」に立ち寄る。
 ここで店長足立氏より、2/20をもって閉店することになった、と告げられる。

 「(絶句)」。

 何ということだ。

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2006.01.31

天皇家は2600年も続いていない

 昨日のTVタックル(テレビ朝日)の女性・女系天皇の議論を聴く。
 
 僕は「究極の選択」みたいな議論に関わる気はない。
 だからお前はどう思うとかと聞かれても答えない。

 でもいいたいことがある。
 出演の政治家やコラムニストが「天皇家は2600年つづいてきた」という発言です。

 「古事記」「日本書紀」に出てくる、神武天皇の即位以来といっているわけです。
 ばかいったらいかん。

 2600年前は縄文時代です。
 そんなとき「天皇」(大王でもいいです)はこの世にいません。

 2600年以来の天皇家というのは、「古事記」「日本書紀」の創作です。
 
 戦後の歴史教育のなかでも、古代史は比較的事実を客観的に伝えてきた分野です。
 その成果を無視するのですか。

 無視するなら、ほかも無視してください。
 都合の良い選択はやめてください。

 卑弥呼が活躍した弥生時代、西暦240年頃以前に「天皇」(大王)はいないのです。
 
 せめて天皇制は1700年つづいているのだ、といってください。
 この知識を前提にしない論客の話しは聴けません。
 他にも都合の良いウソ、事実誤認があるだろうと思え、こわくて聴聞の対象になりえません。

 天皇の地位をねらったのは「道鏡」だけだ、小泉純一郎は平成の道鏡だ、なんて発言があったと思います。
 室町時代の足利義満の「皇位簒奪」をご存じないのです。
  (今谷明氏『室町の王権』中公新書を参照のこと)

 そんな無知識の方が、娯楽政治番組とはいえ、コメンテーターとして発言しているのです。
 「こわい」と思って当然でしょう。

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2006.01.26

盛り上がった打ち合わせ会

1/25(水)
 午後1時、佛教大学鷹陵館で、八尾市立歴史民俗資料館のRさんと会う。
 3月5日に、同館の山科本願寺・寺内町跡見学会の講師を頼まれています。
 その打ち合わせです。
 本当は、同館のK・Tさんが来られる予定でしたが、お風邪の由です。

 とても話しが盛り上がり、信じがたいことですが、6時過ぎまでご一緒しました。
 コーヒー一杯で。
 
 そのあとお別れし、単身、JR「花園」駅前の市立右京ふれあい文化会館に移動。
 「三宅日記輪読会」に参加です。
 1922年(大正11)4月条の途中まで読みました。

 帰途は、馬代一条のお好み焼き店「ジャンボ」に寄りました。
 超人気店で、いつ行っても行列なのですが、本日は並ばずに席につけました。

 明日は名古屋の栄中日文化センターの講座です。
 パワーポイントのスライドをつくらなければいけないのですが、疲れてしまって寝てしまいました。
 明朝早く起きてつくります。

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2006.01.25

能「誓願寺」を拝見する

1/22(日)(つづき)
 午後3時から、烏丸今出川上ルの河村能楽堂へ行く。

 実は能を拝見するのははじめてです。
 お招きをいただいたので、参上しました。 
 
 河村隆司氏による「誓願寺」です。

 いま寺町に執着しており、「見てみたい」と思っていたところでした。
 まったくタイムリー。

 よい経験をさせていただきました。

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2006.01.23

ライブドア、堀江社長逮捕

 テレビをつけっぱなしにして、原稿を執筆。

 そのテレビが、ライブドアの堀江社長逮捕を報ずる。

 衝撃は大きい。
 思うこと甚大。
 言葉にならない。

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センター入試、日本史Bを試してみる

1/22(日)はれ

 昨日から大学センター入試試験が始まっています。
 今朝の京都新聞朝刊に、前日行われた問題と解答がすでに掲載されています。

 さっそく「日本史B」に挑戦しました。
 毎年、必ず挑戦します。
 これを教えている者として、自身の実力を試しておかなければなりません。

 ほっとしました。
 結果は100点。

 名古屋の中日文化センターの受講生の方から、「親としては、満点取れない先生に子どもを教えてほしくない」といわれたことがあります。
 納得できます。
 とりあえず合格ですね。

 ただしそれは、1度解いたあと、誤解がないか、採点前に確認をしたからです。
 必ずしも一室にこもり「緊張」して解いていないので、実はこの段階では、6問の誤りがありました。
 間一髪です。

 受験生のみなさん、「必ず間違っている」と思って再確認をしてください。

 とくに怖いのが正誤問題。
 「正しいもの」を選ぶのか、「誤っているもの」を選ぶのか、しつこく確認してください。
 僕はこれを見落とし、半分誤りかけました。
 
 今回は、前日にN市の某所で3問の練習問題を解きました。
 そこで解説した中世都市「十三湊」に関する出題がありました。

 「たくさん問題をしたから、1問ぐらいは明日のセンター入試で出ると思いますよ」といいましたが、当たったことになります。

 健闘を祈ります。

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2006.01.20

D大のA先生の奥さんと会う

1/19(木)こゆき
 京都駅から地下鉄に乗り席に座ると、見たことがある女性。
 気のせいかも知れない。

 いや、むこうも会釈したぞ。

 はて、どなただ。
 「A・Wの妻です」。

 おお、失礼しました。
 D大学のA先生の奥さん、でした。

 A先生は博士論文を提出され、数日前、口頭試問が終わられた由。
 これからO大学の方たちと祝賀会があり、奥さんもそれに参加されるそうです。

 おめでとうございます。
 よろしくお伝えください、と申し、お別れする。

 ひとごとであってはいかんのですが、。

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2006.01.17

アクセス増、御礼

 最近、アクセスカウントが増えている。
 めったに300を超えることってないのに、昨日は321、その前日も319。
 ブログランキングの点数もずっと1200を超えている。

 驚きつつ、感謝申し上げます。

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2006.01.16

1日中外出せず、自宅でお仕事

1/15(日)はれ
 昨日とうって変わっての晴天。
 ところが締め切り原稿2つに追われて、室内でそれに没頭。
 外出できず。

 夜の11時にようやく終え、メールでお送りする。

 明日は久しぶりの天理大学の講義。
 夜の11時30分からその準備に入ります。
 
 完成したのは朝3時30分。
 パワーポイントでスライド作成。
 少しはみやすい講義になるでしょう。

 さあ寝ます。

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2006.01.11

1190点、人気ブログランキング

 人気ブログランキングの最近の数値はすごい。
 首位はもちろんだが、本日も1190点もついている。

 右上の「人気ブログランキング」をクリックしてみてください。
 事実ですので。

 訪問者数はそれほど変わっていないのに。
 ありがたいことだ。

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2006.01.09

ブログランキング910点で1位

1/8(日)
 ブログランキング、久しぶりに910点にもなっていて驚きました。
 もちろん1位。
 「へーっ」というのが正直な感想。
 クリックくださるみなさんのおかげです。

 みられたことのない方は、よろしければ右上の「ブログランキング」をクリックしてみてください。
 いまの点数と順位がわかります。

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2006.01.03

ブログカウント、319に感謝

 いま昨日のブログカウントをみましたら、319でした。

 いつもは200前後です。
 多くても250程度です。

 訪問くださったみなさん、ありがとうございました。

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2005.12.31

2005年の回顧

12/31(土)

KOZA

 本年最後の日。
 
 大変な1年でした。
 一生忘れられない年になることは間違いない。

 『御土居堀ものがたり』は初の単著刊行で、よい経験になりました。
 すでに次の単著計画もいくつかあり、とまらず歩きつづけなければと思います。

 刊行論文は「吉田稔麿論」が1本。
 中学生のころから関心のあったこの人物を論じたことは、思いの深いことでした。

 「池田屋事件ノート―『御所向放火』をめぐって」をまとめました。
 古高俊太郎の供述に対する原口清氏の御説への反論です。
 某所に提出し、いま査読中です。

 三宅清治郎建立碑および西村芳次郎の本格論文は、完成せず、年をこします。
 これはくやしいことです。

 短文では、カッパ研究会の「カッパが語る京の水」(『京都新聞』夕刊連載)に参加したことが楽しかったです。
 思い入れの深い「水」―牛若丸誕生井、壺井、梅雨の井、鷹峯薬園の井戸―を取り上げ、その顕彰・保存を訴える機会となりました。
 これはカッパ研究会編で単行本として刊行予定と聞いています。

 研究会報告などもいくつかこなしました。
 3月、立命館大学のCOEで、防災の視点での御土居堀について。
 11月は近代京都研究会で、京都市教育会碑について。大阪市立大学のCOEでは御土居堀を利用したまちづくり計画について。
 これらの活字化はこれからです。

  9月の中世都市研究会は、予定していた「豊臣三都論」の報告が都合でできませんでした。
 関係者のみなさんにはご迷惑をおかけしました。

 生活の面では何よりも京都市に帰ってきたことが大きい。
 京都を研究対象にしているものとして、その地の暑い・寒いを生活として知ることは重要です。
 2度と離れないようにしなければ、と思います。

 本ブログ、読者のみなさんにどれだけ支えられたか知れません。

 「趣味」や「ひまつぶし」で営んでいるのではありません。
 そんな時間があれば・・・と揶揄した人がありました。
 が、好きだけで毎日継続することは絶対に困難です。
 「日課」と思って維持してきました。
 それでも途切れる日々がありました。 

 すべては読んでくださる読者のみなさんの期待に応え、毎日対話するためです。

 語るべきことはあふれるほどありますが、この辺で。

 ご愛読ありがとうございました。
 来年もどうぞよろしくお願いいたします。

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2005.12.22

京都大雪なり

12/22(木)

snow2

 大雪です。
 まちがいなく今冬最大。
 これは本日外出できない。
 
 いや、外出びよりかも。

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2005.12.21

卒業論文提出打ち上げに参加

12/20(火)はれ
 
 本日は佛教大学学部卒業論文、修士論文提出日。
 歴史地理学、渡邊秀一先生の研究室の打ち上げ飲み会に誘われる。
 この研究室に卒論を提出した学生を過去に教えているので、喜んで参加する。

 自身の卒論・修論提出した日のことを思い出す。

 卒論は胸張って出しました。
 でも大学院で専攻を改めたので、卒論の内容はながく活字になりませんでした。
 近年ようやくまとめ出し、その最も中身のつまったものは数日前ようやく某所に提出したところです。
 卒論提出から15年もたってしまいました。
 
 修論は提出大変でした。
 一時は提出をあきらめましたが、当時の恩師の励ましや友人たちの協力もえて、なんとか提出できました。

 なんてことを、毎年12/19・20が来ると考えます。
 ともあれ提出した諸君、ご苦労様。おめでとう。

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2005.12.19

京都・北区、積雪・凍結

12/18(日)ゆき→はれ→くもり→ゆき

unrin

 山科へ向かいます。
 各所で雪が(写真は雲林院)。
 
 路面の凍結にびっくり。
 おそるおそる通ります。
 スリップ・転倒はごめんです。
toketsu

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2005.12.17

ようやくファックスを設置する

 ようやく拙宅にファックスがつきました。
 メールがあるし無くてもいいか、と思っていたのですが、全然そんなことはありませんでした。
 
 自宅が事務所みたいな生活をしているのに、なくてすむわけがない。
 その都度、コンビニにいくのも疲れてきました。
 相手方に封書で送ってくださいというのも申し訳なくなってきました。

 というわけで本日からファックスのある生活です。
 さきほど友人から第1号が送られてきました。
 無事動いています。

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2005.12.09

来年度のお仕事を調整中

 この時期は、来年度の仕事依頼がやってきます。

 とくにこの数日は集中しました。
 どこまで可能か、その調整に終始した感があります。

 僕に期待してくださる方々に、何とか応えたいと思っております。

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2005.12.06

京都・初雪です

12/6(火)
 
 昨夜からみぞれが降っておりましたが、今朝起きてびっくり。
 積雪じゃないですか。

 今冬、初雪です。

 まだ降っているのですが、それでも屋根からつぎつぎと雪が落ちています。
 
 今日は外出しにくいなぁ。

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2005.12.03

寒いのか、腰と腿が痛む

12/2(金)一時雨
 
 急に寒くなったためらしい。
 11/29夜から腰と腿が痛い。

 学習の姿勢も関係があるようだ。
 座っていると痛みが強くなる。
 立ちっぱなしで授業しても、悪化しない。

 N市で、高校生に日本史を教える。
 
 速やかにあるべきなのに、ついつい余計なことをいう。 
 一夜にして大阪遷都計画がふっとんだこと、首都東京には「誕生日」がないことなど、入試に関係ないことをいいました。
 高校生「へーっ」という顔もしない。

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2005.11.21

予期せず徳川実紀を購入する

11/21(月)はれ

tokugawa

 夜、ブックオフ三条京阪店に行く。

 ブックオフはよく利用します。
 
 主として訪ねるコーナーは「日本史」。
 つまらない本が多いですが、たまに良書があります。
 どんなに新しいものでも、ほぼ半額。
 買い手としてはこんなありがたいことはない。

 著者・出版社・一般古書店としては最悪、でしょうけれど。

 本日、ブックオフ同店で、見たことの無い光景をみました。

 吉川弘文館の書籍がまとまってありました。
 人物叢書です。

 この数年間に刊行されたものが多数ありました。
 そのうち買うか、ぐらいに思っていたものがどさっと半額で!
 びっくり。

 これは衝動買いしても損ではない。
 結果的に特になる。
 
 山のように取ってレジに向かったところ、レジの背後に、またブックオフでは見たことのないものが。
 「国史大系」本の『徳川実紀』が全巻! バラ売り。

 レジの列を離れ、確認。
 『続徳川実紀』は1・2巻のみ。

 やっぱりほぼ半額。
 おお。
 僕は『徳川実紀』を所有していません。

 悩む。
 今日は何を買うか。
 
 さすがに『徳川実紀』全巻買うのは無茶です。
 『続徳川実紀』は大事な幕末部分がないし。
 
 で、人物叢書の大半を放棄し、自分の専攻に関わる『徳川実紀』1・2巻のみ買いました。

 まだ多数残っていると思いますので、近隣でご関心のある方はぜひどうぞ。

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2005.11.17

名古屋城天守を遠望し会食

11/17(木)はれ

P2210222

 栄中日文化センター「古地図」講座の日。
 名古屋へ向かう。

 本日は山科本願寺と寺内町の話をする。
 2時間みっちりお話したのですが、やっぱり足りません。 

 詳しくは、山科本願寺・寺内町研究会編
 『戦国の寺・城・まち―山科本願寺と寺内町』(法蔵館、1998年)
をご覧下さい。

 写真の場所は、その土塁遺構(国道一号線沿い、丸山書店北側、史蹟未指定)です。
 が、最近、この場所は大きな改変を受けていると連絡がありました。
 近々に視察に行かねば。

 終了後、お客さんと喫茶する。

 その後、東京の友人が名古屋へ来。
 名古屋城天守閣が遠望できる場所で会食する。

 有益な日でした。

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2005.11.16

ブッシュ大統領、上洛

11/16

imadegawa

 午前中、ある用事で、寺町三条上ルの天性寺へ向かう。
 10時待ち合わせ。

 うかつにも烏丸今出川を東へ向かう。
 同志社女子高校・大学の前で、テレビカメラなど多数の報道陣にはばまれて進行できず。
 警官は「一般通行人を通してください」と叫んでくださいますが、あまりの数で通れず。

 やむをえず車道へ出て、かわしました。

 帰宅してニュースをみますと、来日中のブッシュ大統領夫人ローラ氏が同志社女子高校に滞在していた由。
 ああ、それに巻き込まれたのだ、とわかりました。
 
 そういえば、去る11月13日深夜10時30分、京都市北区で多数の警官により交通規制を受けました。
 自転車なのですよ。
 自転車さえ、堀川通や北大路通の横断を禁じられたのです。
 ブッシュ大統領がすでに来日しているのだと思いました。 

 ところが翌日の京都新聞を読むと、予行演習だった、とありました。
 あんな大々的に予行演習をするのだ、と驚きました。

 やはり本日のニュースで、ブッシュ大統領が鹿苑寺(金閣寺)を訪れたと知りました。
 あぁ、このコースの警備の予行演習だったのだ、と分かりました。

 庶民中村武生の生活は、このたびの米大統領の来日に、ささやかながら影響を受けたのでした。
(写真は烏丸今出川交差点から東を見る。人の多さに注目。クリックすると大きくなります。右は京都御苑、左は同志社大学)

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2005.11.08

本田美奈子さんの死を悼む

11/7(月)はれ

20051107

 『京都新聞』朝刊で本田美奈子さんの死去を知る。
 本田美奈子さんは僕と同い年です。

 アイドルとしてデビューされたとき、僕は高校3年生でした。
 特別ひいきにしてきた方ではないけれど、多くの同期のアイドルのその後を見ていると、その行動は「頑張れ」といいたくなるようなものでした。
 
 本年初頭に病に倒れられたことは聞いておりましたが、それが死にいたる病とはうかつにも認識していませんでした。
 残念でなりません。

 僕はスポーツ紙は全く読みませんが、今日ばかりは駅売店で購入(スポーツ報知、写真)。
 彼女の死について、もう少し知りたかったから。

 本日は天理大学の日でしたので、受講生にも「残念」を伝えました。
 一生懸命生きてください。
 生きたくても生きれなかった人がいるのです。
 無駄に生きては申し訳がたたない。

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2005.11.01

研究者と芸術家、目指すところは同じらしい

11/1(火) はれ

05110102
 
 古い友人と会う。
 「芸術家」です。

 京都の町家を利用した喫茶店で昼食しながら、いろいろ質問する。
 「芸術論」を聞く(写真はその店)。

 芸術家と研究者って、「他人」だと思っていました。

 が、最近、ほかにも「芸術家」とふれる機会があり、いやちがうぞと気づきました。
 一芸に秀でた人って、分野が違っても、何のためにするか、という点では同じことをいわれます。
 それは研究者である我々がしていること(目指していること)とどうやら同じようです。

 これまで「他人」だと思っていたのは、単に使用する「言語」がちがうだけのことだったのです。
 勘違いしていました。

 抽象的で申し訳ありませんが、それに気づいて、すがすがしい気がしています。

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2005.10.31

佛教大学学園祭に17年ぶりに参加

10/31(月)はれ
 
20051031

 佛教大学の学園祭(鷹陵祭・おうりょうさい)の初日(写真、クリックすると拡大します)。
 ふだんは全く無関心の行事だが、今年はある学生さんのお誘いがあり、午前中ちらりとのぞきに行く。
 鷹陵祭参加は1988年以来ですから、17年ぶりです。
 
 午後1時から天理大学出講。
 石碑が建たなかった維新史蹟の話しをする。

 ご当地、天理大学のすぐそばは、天誅組の乱の史蹟地のひとつです。
 建碑されなければ、誰にも知られない事例紹介です。
 その前提たる天誅組の乱の解説をする。

 帰途再び、佛教大学・鷹陵祭に立ち寄る。
 ばったりあった受講生の子から勧められた「鍋物」を食べたり、喫茶をしたりと楽しく過ごしました。
 
 午後7時から「平安京・京都研究集会」事務局会議。
 花園大学の山田邦和博士邸に集会。
 次回「研究集会」の話し合い。

 帰宅後もいろいろあって、しんどかったり楽しかったり、と濃厚な日でした。

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2005.10.07

家の掃除をする

10/6(木)
 家の掃除をする。

 新聞の集金人の方こられ、購読料を払う。
 町内会長さんが国勢調査票を引き取りに来られ、お渡しする。
 
 それ以外、誰とも会うことなく、家にこもって仕事をする。

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2005.09.19

人生の目標を変えてもいいと思う瞬間

『御土居堀ものがたり』刊行7日前

昨日の続き
 寺町二条上ル「三月書房」に立ち寄る。
 この書店は有名な個性的な書店です。
 
 少し以前、友人K・K氏(女性)から紹介されて初めて訪ねたのですが、最初に腰をぬかしたのは、他の書店では見たことのない「虎ノ門事件」関係書籍がそろっていたことです。

 周知のことですが、虎ノ門事件とは、1923年(大正12)12月27日、山口県出身の難波大助が、大正天皇の摂政だった裕仁親王(のちの昭和天皇)を、東京虎ノ門で狙撃した事件です。

 僕はこの事件にとても関心をもっていましたから、それが揃っていることに深い感銘を受けました。
 しつこいですが、他の書店でそろっているのを見たことがないからです。 

 今回訪れて、またびっくりしましたのが、最近関心を持っていた二人の漫画家の著作がそろっていたからです。
 その1人がグレゴリ青山。『ナマの京都』という作品がすばらしい。

 もう1人が超有名になった西原理恵子。

bokunchi

 恥ずかしながら西原理恵子『ぼくんち』を今回はじめて、ここで見つけました。
 さっそく購入。
 
 翌日(本日)、読了し、思うこと甚大でした。
 『上京ものがたり』を峠に、そろそろ西原理恵子にあきていましたが、さすがこれはすごい。

 自分の人生の目標は、ここまでくるともう変わりえませんが、それにもかかわらず、出会う人次第では、その人のなさっている仕事を僕もしたいと思うときがあります。

 先日の長浜市の太田浩司氏に会うと、博物館学芸員を切実にしてみたくなります。
 
 三月書房は、僕が書店経営をしたくなる珍しい場所です。
 訪問されたことのない方はぜひ1度ご訪問ください。
 個性いっぱいの書店です。

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2005.08.31

毎日のべ200人もお越しとは存じませんでした

2004

 人気ブログランキングでは、最近1日に70人程度の方が投票してくださるようで、1位と2位を行ったり来たりしています。

 3日前、ついにブログの容量が一杯になり、書き込み困難になりました。
 
 それゆえ止むをえず、初めてバージョンアップしまして、容量を2倍にしましたところ、予期せずアクセス解析が見れるようになりました。

 そこで知ったのですが、毎日のべ200名以上の方が訪問して下さっていたのですね。

 あまりの多さに感動いたしました。

 これまでに感謝いたすとともに、今後もどうかご愛顧下さいますよう、よろしくお願いいたします(写真は文章と直接関係がありません。於祇園一力)。

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2005.08.20

京都・地蔵盆に参加

8/20(土)はれ
 午前中は事務処理。郵便物の発送など行う。
 午後は執筆。少し進みました。

2005_08200003

 夜は地蔵盆に参加。
 たまたま転居した町は、旧知のNさんのご実家のあるところでした。
 
 最近、Nさんから講演のご依頼を頂き、その打ち合わせをメールでしていたおり気づいたものです。
 奇遇にびっくり。

 そこで昨日Nさんから、「町内の地蔵盆に行きませんか」とお誘いをいただいたわけです。
 午後7時30分から開始。

 Nさんに誘われて生ビールをいただく。
 これがわずか200円。

 木屋町三条の僕の「書斎」顔負けです。
 しかも途中から無料になりました。
 驚き。

 恥ずかしながら、京都の地蔵盆に参加するのは初めてです。
 Nさんのご紹介で、いっぺんに地域の方にご挨拶ができました。

 途中からNさんの奥様がお迎えにこられました。
 奥さんとも歓談。
 実は奥さんとの交流の方が長いのです。
 
 Nさんありがとうございました。
 
 地蔵盆は明日も続きます。

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2005.08.14

引越しの荷物整理をする

8/14(日)はれ

20050814

 久しぶりの仕事のない日。
 引越しの荷物を整理します。

 とにかく本が多い。
 本だけで100箱ぐらいあります。

 早く書架に戻さないと、仕事になりません。
 疲れます。

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2005.08.12

日航123便の事故を思う

8/12(金)
 本日も「某所」で高校生に講義。

11-01

 応仁の乱を論ずる(写真は「西陣」碑、三宅碑)。
 よけいなお世話なのに、京都がいかに壊滅したか語る。
 入試には出ない。

 本日、日航123便の事故から20年。
 あの日のこと、覚えています。
 
 稀少の生存者、川上慶子さんが島根県大社町だったことも忘れられない一つです。
 (僕は島根県大田市生まれ)

 多くの小学生が死んだのですね。
 娘のことを思い、断腸の思いです。

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2005.08.11

愛知県T市の先生方に京都の歴史地理のご案内をする

8/11(木)はれ
 愛知県T市の小・中学校などの先生方、約10名の京都歴史地理巡検のご案内をする。
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 昨秋、人文地理学会という学会の大会が佛教大学でありました。
 僕も末席ながらホスト役をさせていただき、最終日の巡検案内もいたしました。

 そのときご参加されたA大学のA先生から特にご指名を頂き、本日の巡検案内を致すことになりました。
 
 朝9時、京阪四条駅改札に集合。
 自己紹介のあと、さっそく開始。
 
 祇園→四条大橋→新京極→寺町→錦市場と歩いて行きます。
 市バスで北野へ移動。
 
 大報恩寺本堂(千本釈迦堂)を参拝。
 同建物は京都の旧市街地において最古です。
 これをご案内せずして、歴史地理巡検にはなりません。

 つづいて上七軒を通って北野天満宮へ。
 もちろん京都惣構=いわゆる御土居をご案内いたします。

 ここだけで終わりません。
 さらに北上し、土塁跡をひたすらご案内します(写真は史蹟指定地にもかかわらず破壊された土塁跡=北区紫野
西土居町)。
nishidoi

 ものすごく暑い。
 参加者の先生方、文句もいわれず付いてこられました。

 お昼になり、ファミリーレストランで昼食。
 1時間、巡検を忘れます。
 ドリンクバーで、ひたすら水分の補給です。
10-4

 午後、タクシーで千本中立売へ移動。
 秀吉の聚楽第跡のご案内。
 堀跡、天守閣跡推定地などをしつこく歩きます。
 また暑くなってきました。

 途中、西陣織の機織の機械の音が聞こえてきます。
 参加の先生、ぜひ見せてもらいたいと、自ら「家内工場」へ「直訴」。

 快く見せてもらえました。
 先生方、満足のご様子でした。
nishizinori

 聚楽第跡は平安宮内裏跡とほぼ一致します。
 聚楽第跡につづいて内裏清涼殿跡へ。

 石碑も何もありません。
 こんな有名な場所に表示がないのか。
 京都は史蹟がありすぎて、金が回らないのでしょう。

 京都を一地方都市扱いにし、その文化財の啓発に特別の資金を割り振らないことが問題なのです。 
 本当に悲しい。

 大極殿跡公園からJR二条駅を向かいます。
 解散まじかです。

 会昌門跡で、出光美術館蔵の「伴大納言絵巻」の「応天門炎上を見る官人」の部分をお見せします。
 高校日本史の副読本に必ず載っている部分です。 

 「ここですよ!この場所は」とご紹介。
 専門でもないのに気合が入ってしまった。

 午後3時すぎ、JR二条駅で散会。
 ありがとうございました。
 わざわざ指名を下さったことに心より感謝申し上げます。 

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2005.08.10

受験生に義満の皇位簒奪を話す

8/10(木)
 最近京都市内に転居しました。
 毎日のように夕立があります。
 洗濯を干すものの身になってほしい。
 本当に困る。

P7050055

 「某所」で高校生に講義する。
 室町幕府について述べる(写真は室町殿跡を示す京都市教育会建立碑)。

 専門でも何でもないのに、やけに熱を入れてしまい、予定のところまで進まなかった。
 反省。

 相手は受験生といえども、現在の学問水準はふれずにはいられない。
 もう一昔前のものとはいえ、今谷明さんの『室町の王権』(中公新書)の成果は紹介したくなります。

 足利義満は皇位簒奪(さんだつ)をねらっていた話しです。
 高校生も(入試に出ないのに)まじめにきいて下さったようで、話しがいがありました。

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2005.07.26

杉浦日向子さんの訃報に驚く

hinako
 江戸風俗研究家の杉浦日向子(すぎうら・ひなこ)さんの死去を知りました。
 ショックです。まだ46歳。下咽頭がん。

 NHK「コメディー、お江戸でござる」で江戸時代の風俗をやさしく解説しておられた方です。
 言葉を失っております。

詳細はこちら→http://www.nikkansports.com/ns/entertainment/p-et-tp0-050726-0002.html
写真は、http://www.tcvb.or.jp/jp/rashai_tokyo/interview/b_sugiura.htm から借用しました。

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