2005.08.09

感謝!真夏に80名も参加者がありました

8/9(火)はれ
 午前、駅売店で『京都新聞』朝刊を購入。
 昨日の記事が載っているか確認します。
 おぉ、小さいけれど載っていました(写真)。
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 つづいて佛教大学四条センターへ。
 講座「御土居堀ものがたり」第5回です。

 夏は暑いので、お客さんが減るのが通例と聞いています。
 そのつもりでした。
 ところが、何と80人もご参加です!
 ありがとうございます。

 昨夕、JR東海のイベントでのお客さん、東京都T区のTさんから暑中お見舞いのお葉書を頂きました。
 内容を拝見してびっくり。
 上記講座を毎月欠かさず参加しているというお話です。

 知らなかった・・・。
 東京からの参加者があったなんて。
 
 みなさんに支えられて生かされております。
 本当にありがとうございます。

 タイトルは「有事の都市防衛と近代の変容」でしたが、タイムオーバーで「近代の変容」ができませんでした。
 次回は最終回ですが、そちらへまわします。
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 今度は無駄話をしている場合ではありませんね。

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2005.07.12

御土居堀ものがたり第4回目を行う

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 本日は佛教大学四条センターで講演の日です。
 講座「御土居堀ものがたり」も今回が4回目、折り返し地点です。
 
 今回は「江戸時代の管理と活用」というタイトルです。
 京都の惣構(そうがまえ)、いわゆる御土居が、豊臣期のあと江戸時代にどのように「生きた」かについて、論じました。

 個別テーマは、河原町通沿いの土塁が寛文以後開発される話、角倉(すみのくら)家が支配を任されながら最後は解任される話、「藪」としての意義、本当に洛中洛外の「境界」と認めてよいのか、などについてお話しました。

 暑い中なのに、お客さん約75人も来て下さいました。
 多いです。
 関係者にうかがいますと、暑いとき、寒いときはお客さんが激減するそうです。
 ありがたや、ありがたや。

 いつも話題になることは、拙著『御土居堀ものがたり』はいつ出るのか、です。
 昨日版元に尋ねましたところ、今月末は困難だそうです。
 8月上旬ではないでしょうか。
 さらに遅れるようでしたら、それはただごとではありません。

 終了後、四条烏丸で祇園祭の山鉾の組み立てを見る(写真)。

 京都惣構の構築により、天正19年(1591)から慶長6年(1601)まで、祇園祭の神幸祭は邪魔されました。
 今年もあと5日で神幸祭です。

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2005.06.15

いわゆる御土居の豊臣期を論ずる

050614

 6/14(火)はれ。
 佛教大学四条センター(下京区烏丸通四条)へ出講する。
 本日は「御土居堀ものがたり」の第3回、「豊臣期京都惣構(そうがまえ)の復元」です。
 
 京都惣構(いわゆる御土居、御土居堀)は、これまで江戸時代の絵図によってその形態が論じられてきました。
 残念ながら、つくられた豊臣期の絵図が無いからなのですが。
 
 しかし囲われた位置、出入り口の場所、堀の機能など、江戸時代の絵図からは分からないものがたくさんあります。
 でも見過ごされてきました。
 それゆえ僕は大学院生の頃から、「豊臣期の復元」研究をこころざして参りました。
 
 その成果は『日本史研究』420号(1997年)や、日本史研究会編『豊臣秀吉と京都』(文理閣、2001年)、「御土居堀ものがたり」(『京都新聞』木曜朝刊、2001~2002年、同じタイトルで近刊予定)などに発表できました。
 今回はそのほんの一部をお話させていただきました。

 たくさんのお客さんでした(写真)。ありがとうございました。

 終了後、友人との約束がありましたので、南下。
 ランチをしながら歓談。
 そのお家に伝わる「古写真」を拝見する。

 人物中心の写真なのですが、人物よりもその背景にある石碑の銘文をじっと読んでいましたので(読めたのです)、その友人に笑われてしまいました。
 自分でも無意識の行動だったので、おかしくなりました。
 目が石碑に夢中のようです。

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