鞆ノ浦で義昭・秀吉・龍馬に出会う
午後5時35分、鞆ノ浦バス停に下車。鞆に入る。
非常に暗い。明かりが少ないのだ。
時間はまだ夕方なのだが、深夜な感じ。
ホテルに荷物をおいて、観光地図をもち、夜の鞆の市街地をあるきだす。
暗いのに見えるんか、と思われると思うが、暗くてもわかることがある。
昼間ならわからない、夜の鞆の味もわかる。
頼山陽宿舎跡、坂本龍馬宿舎跡(旧桝屋清右衛門宅)などをすぐに見つける。
古城山(鞆城跡、歴史民俗資料館)、今回問題の「龍馬の宿」(旧魚屋万蔵方、写真)にもであった。
街区の道が非常にせまい。
木造家屋が多い。
地域の頑張り次第でいくらでも「よい町並み」になりそうだ、そんな感じがびんびん届く。
が、そのせまい道に多数の車が通ってゆく。
信号がないからであろう、抜け道になっていると思われる。
本屋を一軒みつけた。
地域を知る書物をと期待したが、郷土出版社の豪華な写真集をのぞいて何もなかった。
そういえばJR福山駅前に大き目の書店があったので、『広島県の歴史散歩/新版』(山川出版社)を求めようとしたがなかった。広島県の地域本は皆無だった。
かわりに京都観光本の特設コーナーがあった。
京都方面の観光客が福山にくることを想定せず、地元の人間の京都志向にだけ答えようとしている。
なんという意識の低さ。
こんな本屋が駅前にあったらダメだ。
7時すぎまで歩いた。
さすがに食事をすることにした。
ホテルなどの店をさけ、市街地で店をさがす。
が、2軒しかみつからなかった。
どちらにも入ってみた。
いずれも魚料理を試食した。
まあおいしかった。味に不満はない。
海辺でも「カツ丼」を頼むような男だが、今回はそれをせず。
しかし、いずれも営業熱心とはいえない。
観光客めあてではなく、近所のおじさん・おばさんを相手にしている。
ちなみに2軒目のテレビで中日の優勝をみた。
お客は僕ひとり。
この町、すごい潜在能力をもっている。
翌日のお散歩でつくづく思った。
午後2時半、今回招聘くださったNPO関係のみなさんと合流、修復中の「龍馬の宿」の中を拝見した。
そのあとの会議で上記の思いのたけをお話した。
これを具体的に語るゆとりがいまないが、来たる12月8日(土)午後2時ぐらいから、鞆で一般向けの講演をすることになった。
そこでお話しますから、ぜひきてください。
いま話題にしていない「義昭(足利)・秀吉(豊臣)」ってなにかもそのときに。
場所は未定です。決まりましたら掲示します。
地域全体が観光で生きていこうとほとんど思っていない。
この「宝」が明日に持ち越されるかいなかは地元の意識にかかっているのだが、それを誰かが喚起しないといけないのだろう。
地元の有志が頑張っておられる。
それが届いていない。
残念でならない。
すでにいまいくつもの市民活動に参加している。
もうあらたに手を出すわけにはいかない。
自重している。
かえって迷惑をかけるから。
でも鞆は、ひかれてしまった。
どこまでかかわれるか分からないが、とにかく12/8は講演します。
題して「どうして僕は鞆にひかれるか―歴史地理研究の立場から」(仮タイトル)。
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