2011.09.17

幕末尾張の豪農山崎徳左衛門の邸宅跡に行ってきました

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 山崎徳左衛門の屋敷跡です(左側)。中央を走っているのが近世東海道です。

 山崎徳左衛門は幕末維新期の尾張国愛知郡山崎村(現愛知県名古屋市南区)の庄屋です(文政5年<1822>-明治18年<1885>)。

 安政年間、尾張徳川家の大代官所御役所に「一代切熨斗目」として出仕していました(『尾張藩在郷名家録』)。維新後の明治3年(1870)3月、名古屋藩権少属准席出仕にもなりました。

 1879年(明治12)、前浜村の地先の海面をうめたて、50余町歩の新田をつくったことで知られるようです。1881年~1883年、愛知郡長もつとめました(以上『日本人名大事典(新撰大人名辞典)』)6巻、339ページ、平凡社、1997年覆刻版)。

 ある事情により、いまかなり気になっている人物なのです。

 写真の前方の高まりが山崎川です。

 このそばに墓所があるということで本日うかがいましたが、残念ながら見つけられませんでした。先導者にご連絡をしなかった僕のミスです。また来ます。

 場所の特定は、南区の歴史を学ぼう会編『近世村絵図の解読』所収の天保12年(1841)「山崎村絵図 解読図」によりました(8ページ、私家版、2002年)。※古橋明子さんの教示によります。

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