2008.02.29

木曜クラブの広瀬繁明氏から玉稿を拝受

2/28(木)
 広瀬繁明氏(木曜クラブ)から、以下の玉稿を拝受した。

①「関野貞の朝鮮古墳調査」(高橋潔氏・山本雅和氏との共著、藤井恵介氏ほか編『関野貞アジア踏査』東京大学総合博物館、2005年6月)

②「ドイツ連邦共和国の旧石器時代関連施設を訪ねて」(『旧石器考古学』69、旧石器文化談話会編、2007年11月)
 
 木曜クラブは考古学史を研究する団体で、僕も以前集中的に参加させていただいたことがある。
 「史蹟」がどのように誕生するかに関心がある者として、実に得がたい情報を発信してくださる。

 広瀬繁明氏はその主要メンバーで、多くの元気をくださる方だ。
 先日、ばったりB教大学キャンパス内でばったりお目にかかり、日ごろのご無沙汰をわびた。
 そのときたまたま名刺をもっていなかったので、あらためてお送りしますといった。

 で、現住所のご連絡に、近刊の小文などをそえてご郵送したところ、上記の玉稿をお届けくださったといわけ。
 あつく御礼申し上げ、ご紹介いたします。

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2007.12.09

寄贈図書4冊、ご紹介

 この数ヶ月、寄贈(ご郵送)くださった書物をご紹介し、御礼といたします。

 ①浜野潔さん『近世京都の歴史人口学的研究―都市町人の社会構造を読む』(慶応義塾大学出版会、2007年8月)
  僕の御土居堀研究の成果を取り入れてくださっている(35~36ページ、250ページ)。

 ②神田千里さん『一向一揆と石山合戦』(戦争の日本史14、吉川弘文館、2007年10月)
  編集部が僕の撮影した山科本願寺・寺内町跡に残る土塁(山科中央公園)の写真を使われた。その縁で送ってくださった(109ページに写真と名前が載っています)。
 
 ③新創社編『京都時代マップ―伝統と老舗編』(光村推古書院、2007年10月)
   さきに出された『京都時代マップ―桃山編』以来、新創社さんとはお付き合いがある。そのご縁でいつもこのシリーズを送ってくださる。便利な本である。それゆえにもっとこだわった方がよいと思われる点も多くみえる。いちど担当の松岡満さんとじっくりお話をしたいと思っているのだが、機会がなく、そのままになっている。

 ④鈴木かほるさん『史料が語る/坂本龍馬の妻お龍』(新人物往来社、2007年12月)
   著者の求めにより、いくつか情報提供をした(19ページ、36ページ)。その縁でお送りくださった。

いま思いつくもののみで遺漏があるかも知れない。
また資料館図録や論文などははぶかせていただいた。
申し訳ありません。

お送りくださったものは死ぬまで大事に保管し、学習に使わせていただきます。
ありがとうございました。

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2007.07.06

河内将芳さんと富松城跡を活かすまちづくり委員会から高著を賜る

 また更新が滞った。
 体調不良ではありません。
 異例の忙しさでした。
 ご心配のみなさま、申し訳ありません。

 でもながく放置したものをいくつか片付けたので、心理的には楽になりました。
 書きたいことは山ほどあるのですが、またの機会に。 

 この間、以下の新刊書物のご寄贈をいただきました。ありがとうございます。心より感謝申し上げます。
 

 1.河内将芳さん(かわうち・まさよし、奈良大学准教授)より
  『祇園祭と戦国京都』角川叢書、2800円+税

  いつもお気遣いくださる、ありがたい「先輩」研究者です。
  巻末(208頁)には拙著まで参考文献にあげてくださり、うれしくありました。
  いろんな意味で、僕にとって河内さんは「研究者の鑑」です。
  少しでも見習いたいと思っております。
  
  ときあたかも祇園祭のさなか。
  「現在」とのあまりの違いに感銘をうけられるでしょう。

 2.富松城(とまつじょう)跡を活かすまちづくり委員会から
  『もっと知りたい/中世の富松城と富松』私家版

  兵庫県尼崎市富松(とまつ)に所在する、中世城郭富松城跡の土塁・堀を守り明日に生かす活動をしておられる団体です。
  活動の当初から関係させていただいていますが、本書のことは一切存じませんでした。
  すでにサイト上の「博物館」も立ち上げておられましたが、書物の刊行はもっと重要な意味があると思います。
  「さすが」という思いです。
  神戸大学(市澤哲さん)の地域活動のなかにも位置付けられ、ながく都市遺跡保存史に記録されるであろう活動です。
  遅々として進まぬ自分たちの怠惰さを恥ずかしく思いました。
  どのように「大事なもの」は明日に残せばよいのか。
  そんなことを考えられる方に大きな指針となります。
  おススメいたします。

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2007.03.17

桐野作人氏『だれが信長を殺したのか』を頂戴する

 歴史作家の桐野作人さんから、近刊の高著、
『だれが信長を殺したのか―本能寺の変・新たな視点』を恵贈される。
(PHP新書、2007年3月、798円)

 ありがとうございます。あつく御礼申し上げます。

 桐野作人さんは自ら「歴史作家」と名乗られるから僕もそう記すが、すでに学術誌に本能寺の変について論文をお書きですから、もう「日本史研究者」を名乗っていいのではないですか、とお目にかかるたびにいう。
 ものを書く前に読まれる史料の量、分析力、すでに「作家」の域をこえている。

 そんな桐野さんの新作ですからおススメします。
 専門の日本史研究者が参入し、かえって最近混乱が深まってきた「本能寺の変」。
 もっとも信用できる内容のものといえましょう。

 「はじめに」を読めば、その人のスタイルがわかる。
 僕は書店で本を購入する場合、「はじめに」と「あとがき」をまず読む。
 それでつまらなければ、よほど必要でなければブックオフに出るのをまつ。

 失礼ながら一般的に「歴史作家」が書かれる作品は、多くが目的意識が低く、つまらない。
 
 その点でいっても今回の桐野さんの作品は「はじめに」がまずおもしろい。
 すでに書き方が「作家」ではない。
 「研究者」のそれだ。

 桐野さんは、これから龍馬遭難事件についても単著の刊行を予定されていると聞く。
 実に楽しみだ。

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2007.01.26

『八木家と新選組』を恵贈頂く

1/25(木)はれ
 花園大学の松田隆行さんから『八木家と新選組』(八木喜久男氏著、2006年11月、角川学芸出版、1854円)をご恵贈いただいた。
 ありがとうございます。

 いうまでもなく、八木家は、幕末期に将軍護衛のために上洛した浪士たちの宿泊地で、のちそのメンバーが新選組がを組織した地である。

 松田さんは同家の史料調査をされたご縁で同書の執筆にかかわられた。
 同書170-173ページには、拙稿「新選組研究の回顧と展望」(『歴史読本』2004年3月号)が引用されている(同書には2004年12月号とあるが、これは誤り)。
 その関係でご恵贈くださったのでしよう。

 この拙稿は思い入れのふかい小文である。
 自身がかなりのエネルギーを投入してまとめたということもあるが、ネット上で多数の評価をいただいたことが大きい。「2ちゃんねる」にまで登場し、議論の対象にしていただいた。

 掲載が歴史一般誌なので、ほとんど図書館に収蔵されることも少なく、手に入りにくい文章のひとつになっているようだ。
 できれば僕も単行本の形で、これを今一度世に送ってやりたいものだ。

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2007.01.08

「長岡宮大極殿跡紀念碑の建立と地域社会」を拝受

1/6(土)はれ
 向日市文化資料館の玉城玲子さんから玉稿とどく。

 「長岡宮大極殿跡紀念碑の建立と地域社会」(同志社大学人文科学研究所『社会科学』77号、2006年9月)です。

 1895年(明治28)建立の、長岡宮大極殿跡紀念碑建立の事情とその意義を論じられたもの。
 以前、京都大学人文科学研究所「近代京都研究班」での報告をうかがったことがあります。

 建碑によって地域は歴史を意識する。
 歴史を意識し、はじめて史蹟なるものは生まれる。
 その意味で建碑の意義はきわめて大きい。
 ではいつ何者によっていかなる目的で建碑はなされるのか。

 こんな問題意識で僕は建碑事業に注目する。

 いただいた玉稿はそれを考えるうえで貴重な成果です。
 勉強させていただきます。

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2006.10.05

山川均氏より『石造物が語る中世職能集団』を恵贈

10/2月、午前中雨、午後しばらくして雨止む

 山川均さん(大和郡山市教育委員会)から、
 高著『石造物が語る中世職能集団』(日本史リブレット29、山川出版社)を恵贈いただく。

 いつも気にしてくださりありがとうございます。
 勉強させていただきます。

 天理大学に出講。パワーポイントで「歴史地理のススメ」を論じる。
 ネタはいつもの山内一豊の妻終焉地の話。

 昨日以前の疲れがでてくる。近鉄特急で帰る。ぜいたく行為(特急料金500円加算)。その代わり楽して帰れる。

 京都駅前の書店で図書2冊購入。地形図も1枚購入。
 元気が出てきたので、駅前の「別室」で「京都の江戸時代」を執筆。が、まとまらず。

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2006.06.29

6/27の論文受贈

去る6/27(火)、次の論文を拝受いたしました。

 ○桐野作人さん(歴史作家)から
 同氏「龍馬遭難事件の新視覚―海援隊士・佐々木多門書状の再検討―」第2回
 (『歴史読本』2006年8月号〈日本の良妻賢母〉所収)

 桐野さんは「歴史作家」と名乗っておられますが、歴史学の専門誌に論文もかかれておられる強者で、「日本史研究者」と名乗られてもいいのではないかと思っています。
 
 今回も「うそだらけ」の龍馬暗殺事件に、初めて「まともな」議論をふっかけておられます。
 読み応えがあります。

 桐野さん、ありがとうございました。

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2006.06.11

6/10の図書受贈

6/10、次の書物を寄贈いただきました。

 ○安藤弥さんから
 
 同朋大学仏教文化研究所編
 『真宗史研究の先駆者 山田文昭コレクションの世界―【特別展示】真宗史料の世界―』、2006年5月

 山科本願寺・寺内町の啓発を進めていますので、真宗史にはとても関心があります。
 どうもありがとうございました。
 勉強させていただきます。

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2006.05.28

5/27の受贈図書

5/27(土)つづき
 本日も次の図書を寄贈いただきました。

 ○石田孝喜さんから
  石田孝喜さん『続・京都史跡事典』、新人物往来社、2006年6月

 ○朱まり子さん(山科醍醐こどものひろば)から
  山科醍醐こどものひろば『たいけん・はっけん・町たんけん―山科・醍醐 みんなのまち―』、2005年3月、5冊

 ○高津明恭さんから
  高津明恭さん『平安京 西の京厨町物語』、私家版、2006年6月

 大切にし、学ばせていただきます。
 ありがとうございました。

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2006.05.27

本日の受贈図書

5/26(金)つづき
 本日、以下の書物を寄贈いただきました。

 ○木立雅朗さんより
 『京焼と登り窯―伝統工芸を支えてきたもの―』(立命館大学COEアート・エンタテイメント創生研究、近世京都手工業生産プロジェクト編・発行、2006年3月)
 『陶器製手榴弾弾体の考古学的研究』(立命館大学文学部学芸員課程研究報告第12冊、立命館大学COEアート・エンタテイメント創生研究、2006年3月)

 ○桐野作人さんより
 『歴史読本』本年7月号(日本史探偵塾 趣味で楽しむ歴史、本年5月24日発売号)

 ありがとうございました。あつく御礼申し上げます。

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2006.05.21

江戸後期の尾張日記を入手

5/20(土)あめのちはれ
 
 新創社の松岡満氏から、『京都時代MAP 安土桃山編』(光村推古書院)が恵贈される。
 こちらは以前に同書の『幕末編』を出されています。

 おもしろい地図帖で、過去の歴史地図の上に、トレーシングペーパーに印刷された現代地図が重ねられています。
 一見して歴史の舞台地が現在のどこにあたるのか、分かるようになっています。
 安価なのもうれしい。おススメです。

 本日も古書市に。
 昨日の「日記」の二冊目がないか探しにゆく。
 さすがになし。

 でも尾張国の江戸後期(ほとんど幕末)の日記をみつける。
 また二束三文。

 帰宅してから読解に没頭。
 
 これは昨日のものよりおもしろいぞ。

 代官所の県令や手代がやってきたり、関係者が名古屋にしょっちゅう出府したり、別の関係者が京都に来たり(宿は東洞院通下数珠屋町)、弘化4年(1847)3月24日の善光寺地震の風説が記録されてあったり。
 
 記主はただものではない。
 地域の名士だろう。 

 名古屋地域の歴史研究にとって、けっこう大事な記録である予感。
 時間があるとき精読します。

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2006.02.08

玉稿「室町期の都市京都における長夫勤仕の実態」拝受

2/7(火)くもり一時雨、のちはれ
 地下鉄「北大路」駅前の「書斎」で執筆。
 やっと気が入る。

 東京大学史料編纂所の高橋慎一朗先生から、
玉稿「室町期の都市京都における長夫勤仕の実態」
(義江彰夫編『古代中世の政治と権力』吉川弘文館、2006年2月)が送られる。
 
 一般には「長夫」になじみがないかも知れません。
 「物くさ太郎」がついた仕事です。
 この仕事に任命されていやいや上洛する、というお話でした。

 本論文はそれとは何の関係もありません。
 戦国期の公家山科家の事例満載です。
 山科本願寺・寺内町に関心があるものとして、その「となり」のお話しは勉強になります。

 ご恵贈ありがとうございました。

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2005.08.30

石田孝喜『京都高瀬川』刊行を喜ぶ

ishida

去る8/24(水)
 石田孝喜氏『京都 高瀬川』(思文閣出版、2200円+税)が恵贈される。
 
 石田孝喜氏は戦後まもなく京都にこられ、それからずっとJR京都駅前に住まれて、京都の郷土史に没頭してこられた方です。

 単著は多く、『幕末維新京都史跡事典』、『写真でみる維新の京都』、『京都史跡事典』(すべて新人物往来社)など。

 これだけ並べると、京都の明治維新史が専門と思われがちです。
 ところが専門は、高瀬川なのです。

 京都史の泰斗、故・林屋辰三郎先生やそのお弟子たちに高瀬川案内をしたほどの方です。
 
 ところがこの専門を、まったく単著として刊行されませんでした。

 僕は20年前、高校3年生のとき、『幕末維新京都史跡事典』を購読して、手紙で質問状を差し上げて以来の交流があります。
 文字通り「先生」です。

 ずっと石田先生に「高瀬川はまだですか」、といいつづけてきました。
 この方ほど高瀬川を知っている人はいない。
 高瀬川をまとめた方が皆無に近い。

 もうご高齢です。
 昨年満80歳になられました。

 「先生、高瀬川をあの世にもっていかないで下さい」、なんて暴言まで吐いて、刊行を心待ちにしていました。

 今回刊行が実現し、感無量です。
 本当によかった。

 これから僕も高瀬川を最初から勉強いたします。

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