2013.07.28

「坂本龍馬」の誕生の著者、知野文哉氏の講演会がありました

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2013年7月27日(土)はれ

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 『「坂本龍馬」の誕生』(人文書院、2013年2月)の著者、知野文哉氏の講演会が、午後、洛東霊明神社で行われた。

 「龍馬にもっとも近い場所で、ほんとうに龍馬がしたことを考える」というタイトルどおりのすごい内容だった。

 「船中八策」をここまで考えた講演が過去にあっただろうか。最後のオチが平尾道雄だったのは、実に思い入れが深かった。

 そう、「船中八策」の物語を現在知られるように確定したのは、坂崎紫瀾でも岩崎鏡川でもなく、平尾道雄だった。うーん。

 参加者は40名ていど。青山忠正先生(佛教大学)をはじめ、奈良岡聡智さん(京都大学)など高名な研究者が多くおこしだった。知野さんのお仕事への注目度の高さを感じた。

 くわえて知野氏所蔵の逸品が多数公開された。

 明治天皇皇后一条美子が閲覧したと思われる、坂本龍馬伝の原稿そのものがあった。さすがに驚いた。これらを参加者は気軽にふれることが許されていた。

 まけじと(いえ勝てませんけど)、中村武生も私蔵の公文菊僊画の龍馬肖像画を持ちこんだ。

 2004年の花園大学歴史博物館の幕末展の初出品から全く未公開だった。

 霊明神社神殿の真横という最高の場所で、最高の龍馬論を聴けたわが龍馬像はとても幸せ者であった

※(同社神殿は龍馬の御霊の場所。京都霊山護国神社や靖国神社などの御霊はここからの分祀)。

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2013.04.22

第4回聚楽城の連続講演会がありました

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 昨日、聚楽城(聚楽第)の連続講演会がありました。

 横田冬彦さん(京都大学)と中井均さん(滋賀県立大学)が登壇くださいました。たいへん興味ぶかい内容で、主催の立場ながら、これが(最低)500円で聞けるってなんて贅沢!!と心で叫んでおりました。

 写真は横田さんの講演の様子です。下は外部から聚楽への入城コースを復元しておられるところです。

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次回は5月19日(日)午後1時~4時ごろ、聚楽会館(上京区中立売堀川西入ル北側)、講師は、河内将芳さん(奈良大学)・中西裕樹さん(高槻市立しろあと歴史館)です(既報)。

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2008.08.26

山科随心院の創始のこと拝聴する

8/24(日)
 山科本願寺・寺内町を考える市民の会主催の講演会がある。
 転居直前の超多忙のなか、出席する。
 
 やっぱり草野顕之博士がおこしだった。
 忙しいを理由にさぼらなくてよかった。

 上島享先生のご講演。
 参加者、いつもより圧倒的に多い。さすが山科ネタ。
 いやそれ以上に、上島先生の魅力。
 随心院の創始、仁海のこと、興味深く拝聴した。

 参加者の多くが興味ぶかかったことだろう。

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2006.07.31

宇陀松山で天誅組志士の碑を発見

7/30(日)はれ
 朝から奈良県宇陀市へ。
 中近世都市史の研究会、1617会の行事で。

 宇陀松山城下町を歩きました。
 午後はシンポジウム。

 ほんらいの目的とちがうことに感銘をうけました。

 ①森野旧薬園(国史蹟)に初めて入りました。
   鷹峯薬園(京都市北区)の啓発に関心のある者として、訪れたかった場所です。

 ②幕末天誅組の林豹吉郎の誕生碑を見つけました。
    宇陀松山出身とは知っていましたが、恥ずかしながら建碑されていることを知りませんでした。

    主将中山忠光を逃がすため、自殺的に敵陣に斬り込んだひとりです。
    ほかに土佐の那須信吾と、三河の宍戸弥四郎などがいます。
    今春たまたま、宍戸弥四郎の誕生地〈愛知県刈谷市〉にも初めて行きました。
    思いいれが深いです。

 ③新選組伊東甲子太郎、山崎蒸が役目で訪問したところです。
   慶応2年(1866)12月のこと。宿泊地「上町」を歩けました。
   詳しくは拙稿「吉田稔麿論」(花園大学人権論集、2005年の号)

 夜は大和八木(奈良県橿原市)で懇親会。
 
 昼、考古学研究者、網干善教先生の逝去を聞きました。
 習った先生です。

 ある時期、一番前でかぶりついて講義をうかがいました。
 講義中、私語をする学生に「卒業生として、他の大学から出講くださる先生に恥ずかしい」と怒鳴っておられたのが忘れられません。
 網干先生は、佛教大学の前身、佛教専門学校のご出身で、その後龍谷大学大学院へ進学され、考古学を学ばれました。
 
 奈良県明日香村のお寺の出身で、高松塚古墳の発見者として知られます。
 この騒動の中の逝去は心残りだったことでしょう。
 ご冥福をお祈り申し上げます。

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