2008.07.18

野茂英雄投手の引退をきいて

 野茂英雄投手の引退をきいた。

 その日がくることをおそれていた。
 が、当然くるだろうとも思っていた。

 今日その日がきた。
 思いがふかい。

 はじめてその名をきいたのは、ドラフトで近鉄が獲得したことを報じる、車のラジオだった。
 ある用事で大阪府交野市の住宅街にいたときだ。

 メジャーでノーヒットノーランを2度もされた。
 偶然ではできないことをしっている。しかも2度も。
 すごい投手だ。

 われわれの希望の星だった。

 長い間、ありがとうございました。
 われわれはずっと、ファンでいつづけます。

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2008.07.08

風邪から復帰

7/7(月)はれ
 救援部隊が持参した薬を定期的に飲んだためだろう。
 復調してきた。

 朝1番、大谷大学。
 堀川と小川の旧河道をさがしてもらう。

 地図を読めない子が意外に多い。
 そもそも方位がわからんらしい。
 そこから指導すべきだったか。

 終了後、ブランチをしながら、某原稿に立ち向かう。
 またT京R馬会のM川M理子氏をわずらわせた。 
 いつもなんでも助けてくださる。ありがたくってしかたがない。

 K都国立博物館のM川T一先生にお電話。
 某写真の掲載についてお問い合わせする。

 ひきつづきK都府立総合資料館に行く。
 あいにくM田M智子氏不在。

 みたかったもの、すべて岡崎の府立図書館に移管されていた。
 府立資料館(鴨川沿い北山通東入ル)と図書館がまったく別地区にある、困るなあ。
 しかも今日は府立図書館休み。
 なんにもせず、出る。

 F島氏を拝顔し忘れた。

 旧K野郡H塩小路村に行き、某所(ぎりぎり下京かなあ)で学習する。
 某原稿、すすむ。

 午後6時半、きなこの会。
 応仁の乱のはなしをする。
 
 きたる11月2日(日)午前中、篤姫ゆかりの地と推定される、東福寺即宗院で講義・拝観イベントの予定がある。その件で、きなこの会メンバーT島さんと打ち合わせ。

 夜は夜で家で用事。
 健康が1番だ。

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2008.07.07

風邪にたおれる

7/6(日)はれ
 風邪で寝込みました。

 せねばならぬ仕事がありましたが、じっとしていました。
 救援部隊がおこしくださいました。
 ありがとうございました。

 市販の薬でしたが、飲みまして、効いてまいりました。
 ビタミンを取れと、果物も運ばれました。
 素直に食べました。

 夜、楽になったので、大河「篤姫」をみました。
 すてきな夫婦になってきたところで、家定死ぬのですね。
 気の毒なことです。

 もちろんフィクションだらけで、史実考証上のコメントはいたしません。

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2008.06.18

蔵書100余冊を各100円で放出した

6/17(火)はれ
 キャンパスプラザに出講。
 本日から戦国期。
 鎌倉府の対立から北条早雲登場のはなしをした。

 転居のため、荷物を整理すべく、蔵書のうち100余冊を放出する。
 すべて1冊100円にし、売上金はみな建碑費に寄贈した。
 1万円以上の収入となった。ご協力ありがとうございます。

 夜は友人H氏から食事に誘われたので、旧宇治郡D村にでかける。
 野菜いっぱいで、体が喜んだことでしょう。

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2008.06.12

山科本願寺・寺内町を考える市民の会の明日を考えた

 6/11(水)くもり
 朝1番、京都女子大学に出講。
 あいかわらず楽しかった。

 昨年の受講者がちらほら。
 ありがたいことだ。

 「来年もうけます」といって、受けられたためしがなかった。

 今年は京都女子大学、同志社大学で昨年受講者にふたたびあう。
 うれしいことだ。

 午後から基礎からまなぶ日本歴史。
 特別バージョンだったからか、すこし人は大め。

 つづいて建碑の打ち合わせ。
 すでに掲示した、「是より洛中」標石の件。

 急に現地に行くことになった。

 まだ建ってはいない。
 最近「源氏物語千年紀」の関係で、こちらの建設予定地のちかくに「西鴻臚館(にし・こうろかん)跡」の解説板が建った。
 その兼ね合いをみるために。
 まったく問題がないとわかった。

 つづいて喫茶店に入る。

 きたる7月13日(日)と7月19日(土)に、「河原町長州屋敷」にまつわる講演と、現地見学会をする。
 タイトルは「幕末史における長州毛利屋敷―広誠院の特別公開と木屋町幕末史蹟めぐり」(主催、京都民報社)。

 その告知チラシの原稿チェックの返事が遅れていた。
 至急ほしいみたいな感じだったので、喫茶店でチェックをし、ケイタイメールで送信した。

 参加は先着順ですので(初日は40人。二日目は20人)、おはやめに(有料)。

 横で総務のK畑さんが女将(おかみ)と世間話をしていた。
 K畑さんと何するわけでもなく、ほんとうに待っていたただいただけで、別れる。
 コーヒー代だけごちそうになって。ほんとうに申し訳ありませんでした。

 K畑さんは京都駅付近にもどられる。
 建碑のことでメンバーと打ち合わせ。

 こちらは佛教大学へ出講のため北上する。
 グッドタイミングで206番市バスに乗れる。

 午後4時10分、講義開始。
 本日の受講者、たった2人。どうなっとる。
 この2人は皆勤だ。すばらしい。

 また千本鞍馬口あたりをあるきたおす。本日は東入ル地区。
 楽しいなあ。
 郵便配達の兄さんに負けないぐらいこの地域の地形がわかってきたのではないか。

 そのあと洛東山科へ。
 午後7時から、山科本願寺・寺内町を考える市民の会の事務局会議。
 
 この会1997年に創立した。
 もう12年目。

 この間、いろいろなことがあった。
 山科本願寺・寺内町跡の一部の国史跡指定をみた。
 和島誠一賞も受賞した。

 が、いつまでも同じ形ではいられない。見直しのときがきた。
 その会議。

 よい方向にむいていけそうな予感がした。
 また僕がキャップにならないといけないが。
 もうすぐ山科のある旧宇治郡の住民になる予定だし、よいことと思われた。

 終了後、K野k之先生のお誘いで、川端泰幸博士、k田さんと懇親に行く。

 僕以外、全員kさんだ。
 はじめてきづいた。
 だからどうした。

 エライ人といると、エライ空気をもらえてよい。
 今日も賢くなれた(気がした) 。
 ありがとうございました。

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2008.06.11

元気なのです

 更新滞り申し訳ありません。

 病気はしておりません。
 元気です。 

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2008.06.02

上七軒の芸舞妓おふたりとおでかけ

6/1(日)はれ
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 今日は豪華な日。

 上七軒の芸妓K江さん、舞妓K瑠さんとおでかけ。
 
 だいぶ以前から伏見稲荷社を参拝したい、連れて行ってほしいと望まれていた。
 話題が出てからちょうど1年。
 ようやく実現した。

 お昼は木屋町三条に帰ってから。
 おいしいお蕎麦屋さんで。

 寺町三条の「スマート」で食後のコーヒーも。
 スマート、行き過ぎているようで、領収書を御願いしたら何も言ってないのに店員さんに「あて先、中村さんでいいですか」といわれた。
 常連さんになってしまった。

 スマート前で解散。

 のつもりが、K瑠さんが地下鉄での帰り方がわからないという感じだったので、地下鉄今出川駅まで送ってゆく。

 それもあわせて楽しかった。
 
 帰宅して、昼寝して、夜また原稿。
 しめきりぎりぎりのものがある。
 しんどい。

 「篤姫」をみる。
 家定、フィクション、やりすぎ。
 愚昧でも智恵遅れでもないが、英邁は無理です。

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2008.05.30

能楽師河村隆司さんを悼む

5/29(木)あめのちくもり
 名古屋の栄中日文化センター出講の日。

 友人のおとうさまにして、能楽師の河村隆司さんの本葬があったが、うかがえなかった。
 寺町の喫茶店「スマート」で、ホットケーキをごちそうになった日が思い出される。
 あることがらに怒りをもっていたとき、ぼそっと「中村さん、おこったらあきませんよ。」とさとされたことがある。
 
 お電話をいただいて、菩提寺の名士のこと、熱っぽく語られたこともあった。
 ご冥福をこころよりお祈り申し上げます。

 1年ちかくなるべく酒をひかえている。
 人との交流では少しなら飲むようにしている。
 が自宅で自主的に飲むことは皆無にひとしくなった。

 ところが今週は毎日飲んでいた。
 驚くほど交流会がつづいたからだ。

 金曜日、友人H氏に誘われて飲んだ。
 土曜日、京都龍馬会の総会で飲んだ(既報)。
 日曜日、平安京・京都研究集会の懇親会で一杯だけ飲んだ。
       たまたま同じ店にいた京都民報社の会にもすこし顔を出して、気持ちだけ飲んだ。
 月曜日、ジパング倶楽部の担当者Y田M紀さんとイベント終了前夜の打ち上げをした。
 火曜日、ジパング倶楽部・岡山編参加の京都メンバー3人と痛飲した。
 水曜日、大谷大学の非常勤講師の懇親会で飲んだ(既報)。
 
 びっくりだ。さすがに大いに疲れた。
 今日は名古屋からまっすぐ帰り、当然酒は断ち、部屋にこもった。
 しばしの休息。

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2008.05.29

ながーい1日。

 出歩きすぎて更新ができなかった。申し訳ありません。

 5/28(水)はれ
 朝1番、京都女子大学。
 2週間ぶりの出講。あいかわらず楽しくすごす。

 終了後、S口M宏先生のゼミのMさんがおこし。
 卒論内容につきご相談あり。
 ちかくのなじみ店でうかがう。

 先日の京都女子大学の懇親会でS口先生からうかがっていた。
 僕がたいへん興味をもち、自分でしようと思っていたことをテーマにされる由。
 なるべくお助けしようと思った。

 昼からいつもの「基礎からまなぶ日本歴史」。
 京都女子大学で、知らない学生さんから手紙をわたされていた。

 なんだろうと思うと、いつものNさんからだった。
 病気で受講でない旨のご連絡。
 他の受講の常連さんへもことづてがあった。

 なんとていねいな。
 感嘆。すばらしい。
 教室で一部を読み上げる。
 
 Nさん、どうぞお大事に。

 内容、一向一揆に入る。
 山科本願寺と寺内町を熱弁。

 次回につづく。
 そう簡単には終わらない。中村ワールドだから。

 終了後、某所の建碑のお話し合い。
 この件、そろそろみなさんにあかすときが来たようだ。
 いましばらくお待ちください。

 除幕式にはどなたもぜひおこしください。

 佛教大学へ出講。
 最近、船岡山西ふもとの地形探索のため、あるきまわっている。
 登録者たった9人なのでできること。
 実におもしろいと思っている。
 また知らなかったある「謎」がとけるのではと期待している。

 今日はゲストに亀岡市文化資料館嘱託のK林Y人氏をお招き。
 大学そばに近世の道標が落ちている。
 それを救出することをご相談にこられたので、受講生みんなで考えた。
 これまたつづく。

 K林さんと軽い喫茶をしたのち、(財)京都市都市緑化協会のK田さんの取材をうける。
 御土居堀とその啓発に関する僕のこれまでについて。

 写真家のN村さんがしゃべっている僕をたくさん撮ってくださる。
 『京のみどり』という冊子に載る。
 7月刊行予定。
 京都市役所で無料配布されるそうです。

 お車で大谷大学まで運んでくださる。
 同大の非常勤講師の懇親会に遅刻して参加。

 K野K之先生、K端Y幸先生などエライ先生方と歓談。
 山科の某問題研究、ずっと課題になっている。
 やりましょう、ぜひぜひと決まる。

 H野先生とはほぼ1年ぶりに再会。
 大事なプロジェクトをさぼってしまい、そのおわびを申す。
 また始めましょうとご意見一致。
 ぜひしたい。近世初期の京都研究会。

 いろいろ決まる。
 時間はないが、時間はつくるもの。
 寿命がみじかいので、いろいろしてはいけないが、でもだからいろいろしたい。

 K野先生のお誘いで、有志2次会へ。
 いろいろまた歓談。
 意外なコレクションをうかがったり、いやいやだからこそK野先生であるなとか、わいわいする。

 ながい1日だった。

 K野先生、5/26お誕生日だった。おめでとうございます。
 2次会の店の「おねえさん」は5/27誕生日だった。
 今日は、友人H氏のお誕生日だった。
 おめでとうございます。

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2008.05.23

ブログランキング首位だ

おやおや。
 ブログ人気ランキング首位になっている。
 おどろいた。久しぶりのことだ。

 みなさま、感謝しております。

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2008.05.22

角田文衛博士にお別れをつげ彦根に入る

5/19(月)はれ
 忙しかった日。

 午前9時、大谷大学に出講。
 歴史地理巡検。御土居堀跡をあるく。途中、故中村直勝邸の前で、友人K村Y子さんが通りかかるのを見た。
 思わず手をふってしまった。学生さんにウケた。

 終了後11時30分、洛中某地へ。
 建碑予定地で石屋さんをまじえて打ち合わせ。
 進んでいる。7月中旬に建設予定、というところまで来た。すごい。
 
 12時30分、油小路八条の斎場へ。
 角田文衛博士の告別式に出席。お別れにきた。

 Y田K和博士のお姿をみかける。当然だ。お弟子さんだもの。
 
 たくさんの人だった。研究者は当然だが、政治家、財界の人も多かった。
 瀬戸内寂ちょうさんと樋口隆康博士が弔辞を読まれた。
 ご遺族のおはなしで、安らかな最後と知った。
 お好みのお食事のあと亡くなられた由。

 柿の葉寿司を食されたのち長逝された末永雅雄博士(文化勲章受章者。考古学)を思い出した。
 ステキなことだ。

 お見送りしたあと、JR京都駅から新快速に飛び乗り、彦根へむかう。
 明日、またJR西日本ジパング倶楽部の巡検がある。
 先週の長浜にひきつづき。

 その下見のためにきた。
 午後4時に彦根駅についた。
 雨が降り出している。
 
 やれるところまでやるぞと歩きだし、結局、午後6時半まで歩いた。
 日がながくて助かった。

 おもしろい。彦根はおもしろいぞ。
 ホテルにもどり、到着されたばかりの担当Y田M紀さんと軽く明日の打ち合わせ。

 夜も部屋で明日の室内講義のためのスライド選択をいたす。
 めずらしく1人で部屋でビールを飲む。
 やむをえない。
 思うことがあるのだ。

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2008.05.20

大事なイベントがあった

5/17(土)はれ
 ある集会があった。

 久しぶりにネクタイをしめた。

 楽しかった。意義ぶかかった。
 またひとつ進んだ。

 ご配慮くださった、浦鮨(木屋町三条上ル一筋目西入ル北側)のA立さんに感謝。

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2008.05.19

角田文衛博士の長逝をしる

5/16(金)はれ

 朝、京都新聞朝刊の社会面をみる。

 一昨日夜の角田文衛博士の長逝をしる(95歳)。
 巨星、墜つというほかない。

 思いはとてもふかい。
 2度おなじ部屋にいさせていただいたことがある。

 大きな存在を失った。心に穴があいたようだ。

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2008.05.18

また「秘密結社」に行った

5/15(木)はれ
 午前中、また「秘密結社」みたいなところへ行った。

 今日は日中なのでけっこう人がいた。
 「秘密結社」っぽくなかった。
 なれたということもあるかもしれない。

 今回はさほど名前も書かず、はんこもおさず、1時間ほどで終わった。
 これにより大層なモノが僕のものになった。

 昼、友人H氏に大事なモノを返却。

 夕方、木屋町三条下ルの酒場「龍馬」で、寺子屋龍馬に出講。
 今回で、はやいもので10回目。
 「幕末志士居所論」。
 
 受講者のYさんから不思議なモノをいただく。
 おどろいた。

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2008.05.11

旧U郡O村から北野上七軒へ

5/10(土)あめ
 午後、用事で旧U郡O村に行く。
 今週から着工予定のブツの打ち合わせ。
 
 夕方、友人H氏に送ってもらって、北野へ。
 御茶屋D文字で親しくさせてもらっているM会長のお誘い。

 えらい楽しい場をご用意くださる。
 ありがとうございました。楽しかったです。芸妓さん(K江さん)まで呼んでもらいまして。

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2008.05.10

薩摩邸に非ず、同志社の門

5/9(金)はれ
 あっついなあ。
 まだ長袖きてる。暑がりなくせに。
 たんに衣替えがめんどくさいから。

 朝、同志社大学に出講。
 もうひとつ調子に乗らん。まだ連休ぼけか。

 前回のコミニュケーションカードのひとこと。
 「同志社には薩摩屋敷の門が残されていて」云々。

 これは事実ではないことを最近知った。
 だからそれを伝えた。

 正しくは閑院宮邸の門である。

 けっこうな衝撃を与えたようだ。
 今回のコミニュケーションカードに感想があった。

 まあ、そうだろう。僕だって知ったときは衝撃だった。
 が、予想はできた。
 なんらの物証がないのに「有名」だったからだ。

 史蹟の事実検証がいかに大事かわかってほしい。世の中、ウソだらけだ。

 昼、くずし字入門。
 また「都の記」。

 京都所司代や京都町奉行歴代の名前を読んでいる。
 単調だ。
 不評らしい。
 そうだろう。ながい間、あんなに難しいものを読んでいたのだから。
 考えます。

 夕方、ある一件の許可がおりたと連絡があった。
 来週から開始される由。

 うれしいので会う予定のなかった仲間に伝えに行った。

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2008.05.09

篤姫のみた京都・伏見、を追っての掲載紙を入手

5/8(木)はれ
 午後から京都新聞文化センターに出講。
 また「篤姫」。

 篤姫は家定の妻としての顔ばかり知られ、次代将軍家茂の「母」としての姿があまり知られていない。

 これに注目されたのが、藤田英昭さん(徳川記念財団)「上洛中の家茂の早期帰還を求め大奥移転計画を阻止!?」(歴史群像シリーズ『篤姫と大奥』学研、2007年、70~73ページ)である。

 今回はこれをもとに展開させていただいた。

 文久3年上半期の家茂宛篤姫書簡を2通朗読する。
 政治的なことはまったくふれず、ただ家茂の大事を願い、一刻も早い江戸帰城を願う。
 ドラマが描くような政治にも関心がふかい人物にはとてもみえない。ただ「母」の姿でしかない、というようなことを述べる。

 上記書簡の釈文は大阪歴史博物館の篤姫展の図録に附属されていた。
 ありがたいです。
 
 帰途、京都民報にたちよる。
 とうとう今週号に「『篤姫のみた京都・伏見』を追って」(上)が載る。
 すでに印刷が終わっていることを知っていたので、いただきにいった。

 僕の歴代担当のAさん、Hさん、Tさんとお目にかかる。

 また仕事を引き受けてしまった。
 これでいいのか。いいのだ。

 夜、大阪へ。「秘密結社」のようなところに行き、たくさん名前をかいて、たくさん印鑑を押した。
 来週も来る予定。巨大なサギだったらこわいなあ。

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2008.05.06

上賀茂神社参拝し「砂時計」をみた

5/5(月)あめ
 朝から天気がわるい。

 用事があって上賀茂神社におまいりした。
 たくさんの人がおいでだった。

 今日は競馬(くらべうま)の日だった。
 雨でたいへんだったことだろう。

 夕方、「砂時計」という映画をみた。
 僕の誕生地のある自治体が舞台地だった(島根県大田〈おおだ〉市)。

 見に行った理由はそれではないのだけれど。

 夜、雨がやんだ。
 そろそろ連休がおわる。

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2008.05.05

伊藤つかささんとお話した

5/4(日)はれ
 タイトルどおりである。

 某所で、電話ではあったが、俳優の伊藤つかささんとお話をした。
 考えられないことであるが、事実である。

 いうまでもない。
 3年B組金八先生(第2シリーズ)に出演し、「少女人形」「夕暮れ物語」などを唄った人である。

 そのころ、たいへんなファンであった。
 部屋にはられた最初の女性タレントのポスターが伊藤さんだった。
 会いたい思いがつのって、タレントになろうと思ったぐらいである(失敗したが)。

 あれから25年以上。
 こんな日がくるとは。

 いやいや、とにかく、おどろいた。

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2008.05.04

古書市でみつけたもの

5/3(土・祝)はれ
 郵便局に行ったついでに、すこし足をのばして左京区岡崎の勧業館へ。
 1日から古書市が行われている。

 1日以後、会う人会う人に「もう勧業館へは行ったか」と聞かれる。
 行っていないというのがくやしいので、閉店までわずか30分しかないが立ち寄る。

 こういうとき刊本には関心がうすい。
 まずは墨書の記録や文書をさがす。
 
 きっといいものがあると信じて。

 するとやっぱりあった。
 変なもの。
 
 15丁のうすい簿冊だが、おそらく幕末の江戸に滞在していた人物の日記だ。
 レジの店員も関心がわいたようで、「何の日記ですか」と聞かれた。
 
 「それはこれから考えます」とあっさりお返事。
 本当にそうだし。
 
 先日は洛中の商人の江戸後期の日記がやってきた。
 こちらは年次も記主もわかっている。
 内容も意義ぶかいものだと思っている。

 今度のは検討しないといけないことが多い。

 帰途、立ち寄った古書店では、年代不明の某所の手書きの図をみつける。
 一見、たいしたものではないように思えたが、「某所」であることが重要。

 その場所は幕末の有名な戦争の舞台地だった。

 事件から145年もたっている。
 新しい道がたくさんできたことだろう。
  
 その図には古道と新道が書き分けられていた。
 とすると、その事件関係者が通った道を推定するときに役に立つかも。

 その事件を書かずには死ねない、と公言している(注・池田屋事件ではない)。
 役割をはたすために天がこの店に呼んだのだろう。

 これを見過ごすのは愚かなことだ。

 楽しいことだ。

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2008.05.01

松田聖子と中森明菜、を読んで

4/30(水)はれ

 午前中、京都女子大学に出講。
 法住寺殿跡をあるく巡検、その2(B班)。

 A班とすこし違うルートをとった。
 これはこれでおもしろい。

 最後はいつもどおり後白河天皇陵。
 「大阪皇陵巡拝会」の標石のはなしができず、残念。

 夕方、佛教大学に出講。
 が、講師室まっくら。
 休講だった。

 今日は平日なのだが、連休中ということで一斉休講らしい(なぜか補講期間中)。
 へー。
 年暦表の見落としである。だから僕がわるいのである。

 実害がほとんどない大学でよかった。歩いて帰る。

 夕方から夜にかけて、しなければいけない用事がゴマンとあるが、コーヒー店で新書1冊、一気に読み上げる。

 タイトルは、中川右介氏『松田聖子と中森明菜』(幻冬舎新書)。 

 学術書ではないが、実におもしろかった。
 自分史を考える上できわめて興味ぶかかった。考えること大であった。

 著者の意図とは別と思うが、すでに自分たちが歴史のなかにいるのだと感じさせられた。

 明日からのガソリン暫定税率の復活の騒動。身近でも感じた。
 どのガソリンスタンドでも車がいっぱいだった。
 この日のこと、車を運転する方々、みなさんわりとながく記憶していると思う。

 暫定税率の復活、まもなく歴史年表に載る。
 載ったとき、ああ、あの日のことか。
 そのとき自分がなにしてたか覚えていれば、歴史のなかの自分が感じられる。
 
 一般的に歴史のなかの自分って意識しにくい。
 今回のことは政治と生活がとくに密着していてわかりやすいと思った。

 そんな日にこの「松田聖子と中森明菜」論を読んだので、よけいに感慨深かった。

 本に出てくるできごと、大半知っていた。
 なぜなら僕の青春時代そのものだから。

 で、その松田聖子と中森明菜はすでに歌謡史はおろか、日本文化史の一員といってよい存在である。
 自分の青春が歴史に位置付けられていることを感じて興味深かった。

 僕がふだん専門としている歴史地理や史蹟論って、「現代」の研究だと思っている。
 現代からの歴史学の描き方、自分の歴史叙述のあり方を考えてしまった。

 とりわけTBS「ザ・ベストテン」、「オリコン」などのデータ、松田聖子・中森明菜関係のタレント本の一節をつぎつぎと引用される叙述法は、僕らの手法とまったく同じだったので、よけいに親近感を覚えた。

 ただその典拠を僕は全く所有していないので、内容の吟味ができないのが残念。

 『夢で逢えたら』とか『聖子20歳』とか『本気だよ』とか、知っているけれど読んだことがない。
 「ザ・ベストテン」の毎週の順位をメモしていないし、「オリコン」もほとんど購入していない。

 僕は同時代の方々がいう「聖子派か、明菜派か」という議論にはまったく乗れない1人だった。
 どちらのファンでもなく、いまから振り返れば、その横にいる3番目以降のタレントへの関心がつよかった。

 が、時間が過ぎ、自分が支持したタレントのほとんどがリタイヤするか、当時のスタイルを変えてしまった。
 支持したものとして、残念でならない。
 
 そんななか、この両人、とりわけ松田聖子の歩み方は、同時代人のひとりとして、憧憬に値する。
 ディナーショーで「赤いスイートピー」を聴くまで死ねないとさえ思っている。

 それゆえに本書を手に取ったわけだが、くどいがおそらく著者のねらいとは別のところで感銘をうけた。

 気持ちのよい読後感だった。

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2008.04.30

すこしだけ

 いくつか原稿が片付いてきた。
 すこしのんびり気分がもてるようになってきた。
 
 あらたな創作活動の意欲がでてきた。

 やっぱりな。
 時間がないとあきませんわ。

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2008.04.21

伏見を論じて上七軒であそぶ

4/20(日)はれ
 嵯峨野学芸倶楽部に出講。
 またも多くの受講者にめぐまれる。

 伏見の歴史のおはなし、というより雑談。
 篤姫からはじまり、近世伏見論、中世伏見殿、豊臣政権の伏見城下町などなど。

 たくさん笑いがあった。
 とてもよかった。

 ひさしぶりに代表のH崎さんにお目にかかる。
 お元気そうでなにより。

 なぜしばらくお目にかかれなかったか、大きな山をこえようとしておられたから。
 このたび、それをこえられた由。
 ひとごとなのに、感激。
 まけてはいられない(ではどうする)。

 また受講者有志でいつものスマートで喫茶。
 その後、蛇塚古墳へ行く。

 蛇塚古墳へ行って石室部分だけ見て帰るのはつまらない。

 周辺をあるくと地割に古墳の輪郭が残っていること、よくわかる。
 それを歩いてみなさんに示した。

 これが歴史地理のおもしろさですよ、講釈をたれる。
 みなさん、聴き上手。
 ありがたい。

 つづいて夕方、上七軒歌舞練場へ。
 北野をどりを観覧。
 お茶屋大文字のお招き。

 いつもより、とてもわかりやすいお芝居でした。
 僕でも楽しめた。
 おススメします。

 夜はその大文字で接待をうける。
 舞妓はん、芸妓はんと楽しいひととき。

 ふだんは酒をやめているが、今日ばかりはいただく。
 濃厚な1日でした。

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2008.04.13

下京から自宅まで歩き、荷物を処分

 また2日もあいてしまった。
 なにか用事をしていると、すぐこれだ。

 4/11(金)はれ
  夜、木屋町三条下ルの酒場「龍馬」を訪問。
  さしあげる約束をしたモノを持参。

  「龍馬」と「おりょう」さん、たまたまおいでのY新聞社のお2人と歓談。

  気分がよかったので、自宅まで歩いて帰る。
  ちょうど1時間半かかった。
  旧下京から北郊のO郡S村までだからね。
  健康にいいわ。


 4/12(土)はれ
  朝から旧K郡T村へ。
  ある購入予定作品のパーツを展示場所へ見に行った。
  
  午後から製作の方と会う。
  パーツ決まる。
  すばらしい。
  これで製作がはじまる。
  夢そらごとが現実になるらしい。

  家に荷物が多すぎる。
  家が機能しなくなって久しいので処分を開始した。

  オーディオや楽器、書籍など、捨てたり、もらっていただいたりしている。

  よく驚かれるのだが、たとえば拙稿「御土居堀ものがたり」連載中の古新聞が、そのまま幾セット分も保存されている(1年間。54分部×いくつか)。

  さすがに所有をあきらめた。
  古紙回収に出そうと思ったら、引き取るという方が出てこられた。
  ありがたい。

  うちではかわいがってあげられないので、よそで大事にされてください。

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2008.03.13

京の道資料館、突然の休館に驚く

3/11(火)はれ
 「基礎からまなぶ日本歴史」に出講。
 キャンパスプラザ京都に入る。

 受講者からおどろきのおはなし。
 至近にある、「京の道資料館」が本日付で休館した由。

 ええっ。

 なにごと。
 ついこないだまで何もなかったよ。

 国土交通省京都国道事務所の運営による、無料の施設。
 京都駅前にあって、相当の役割をはたしていた。
 
 個人的にはとなりの喫茶店、いろんな打ち合わせで毎度つかわていただいた。
 行き過ぎて、店員さんにいろいろお気遣いいただいていた。

 ほんとうに残念だ。
 早期の再開をのぞんでやまない。 

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2008.03.12

ステキなイスがやってきた

3/10(月)はれ
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 あたたかい日。
 
 拙宅にステキなイスがきた。

 ある喫茶店で見初めたものだ。
 あまりに気にいって、しばらく通いつづけた。

 ついに思いあまって、「どこに売っているのですか」と店員さんに聞いてしまった。

 しばらくして、拙宅に店の会長さんから電話があった。

 「どこにも売っていません。特注なんです」。

 なるほど、よくわかる。
 だからすわり心地抜群なのだ。

 「多めにつくって、1脚だけ残っています。
 それをお譲りしましょう。」

 ええっ。

 そして本日、来ることになった。
 物置だった部屋をきれいにし、迎え入れた。
 
 到着。
 なんだか気恥ずかしい感じだ。

 さっきまでの物置が、応接室みたいになった。

 いまどなたか来られたら、入っていただいてお茶などさしあげたい。

 イスには座らせませんけど。

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2008.03.06

「認定試験」に合格する

3/4(火)
 基礎からまなぶ日本歴史に出講。
 足利義教の時代のおはなし。

 「満済准后日記」の、義教がくじ引きで将軍に選ばれるところを朗読しました。
 原典にあたるのはよろしいなあ。
 
 終了後、ある調査のため、伏見区の某寺へ。
 総務のKさん、ご案内くださる。
 たまたまご一緒の中村ゼミメンバー5名も同行される。

 そのまま伏見区鷹匠町付近の旧蹟もあるく。
 伏見城下町をめぐる惣構の堀(濠川)をこえて、あるマンションへ。

 昨年、その場所紹介のDVDの監修・出演をした。

 完成後はじめてきた。
 かなりの高級マンションのよう。

 ある大名屋敷跡なので、碑や解説板の設置を願ったのだが、何にも建てられていなかった。
 残念。

 本日ずっと、ある「合否」発表を待っていた。
 こういう気分、ひさしぶり。
 生きた心地がしなかった。

 午後5時をすぎても連絡がなかったので、明日になるかと思っていた。
 すると、夜になって電話があった。

 「合格」だった。
 
 何に合格したのか。
 そうですね、
 ふつうの「社会人」認定かな。

 お祝いに宴会をしたかったが、しめきりすぎた原稿があるので、どこに行くこともなく仕事をする。
 生涯わすれがたい紀念日なのだが、ただついもの日常だった。

 さびしい。

 いや、それだけ仕事をしているから、「合格」もしたのだ。
 矛盾はない。

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2008.02.26

確定申告おわる

2/25(月)はれ
 ついに確定申告終わった。
 今回は時間がかかった。

 が、たいそう勉強になった。
 まだしばらくは生きる。
 後半生のための有益な授業時間だった。

 とはいうものの、この1週間が懸案のことにつかえていたら、どれほど良かったか。
 それも惜しまれる。

 さあ、また明日から再出発だ。

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2008.02.21

確定申告になやむ

 この数日、確定申告になやまされている。
 大事な時間がつぶされる。
 困る。

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2008.02.03

舞妓勝瑠さんの出勤に刺激をうける

 本日は朝から雪だった。

 昨日は午後1時から3時まで、名古屋の中日文化センター講座に出講。
 いつもは懇親会をするのだが、今回は次の予定があったので断念。

 午後6時から上七軒の大文字で小噺のお仕事。
 新幹線で大急ぎでもどる。
 
 節分ですので、オバケ行事でした。
 たのしかった。
 今年に入って初めてビールをたくさんよばれた。  
 
 今朝、さすがに少ししんどかった。
 でも午前10時から京都おこしやす大学に出講しないといけない。
 寒いし、雪降ってるし、いややなあと思ってた。

 ところが昨日遊んでくれた舞妓の勝瑠さんからメールがきて、早くも大阪の成田山へむかっていると。
 僕より遅くまで仕事をしていたのに、もう出勤か。
 すごいな。
 まけてられん。

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2008.01.26

あの書物がまた売りに出ていたが、

 以前、ほしい書物がながく品切れで、やっと見つけたら、定価が1万2000円なのに、5万8000円もの高額になっていた、でもほしかったから買った。うれしかった、なんて話をした。
(2007年10月1日条参照)

 昨日、その書物、「日本の古本屋」のサイトでみてみた。
 その後、売りに出ているかの確認である。

 持っているのに見る必要があるのか。
 ない。

 ただあのときの判断は正しかったのかは気になっている。
 その後、多く市場に出て、購入価格より安ければ、判断ミスといえる。

 昨日、なんと1冊だけ売りに出ていた。

 価格は、9万4500円。

 僕の購入価格より3万5000円以上も高額だ。
 おそろしい金額になっている。

 5万8000円で買ったことは正しい判断だったようだ。

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2008.01.20

廃品処理をして醍醐陵あたりをあるく

1/19(土)はれ
 たいへん天気がよい日だった。
 午前中、ふとんを干した。

 そうじもした。
 新聞雑誌など、3袋を廃品回収業者に出した。
 
 引越し(時期未定)にそなえてなるべく荷物をへらしたい。 
 でも全然減らない。

 午後から外出。
 ふとんは家にいれた。
 
 醍醐陵、朱雀陵、随心院あたりをあるきまわる。
 大阪皇陵巡拝会の道標をみつけるとうれしい。

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2008.01.09

約20年思いつづけた全集が手に入った

1/8(火)はれ
 前日、Y田K和博士から「古本情報」というタイトルのメールをいただいた。
 
 それは、京阪電車三条駅ビルにある古書店「ブックオフ」に、『京都府史蹟名勝天然紀念物調査報告』の復刻版のうち、(第1冊~第3冊をのぞく)全22冊が、一律各2000円で陳列されているということだった。

 仰天した。

『京都府史蹟名勝天然紀念物調査報告』は、その名のとおり、京都府が1919年(大正8)から戦後まで刊行し続けた、同府下の史蹟・名勝・天然紀念物の調査報告書である。

 京都府の史蹟に関心のあるものにとって、不可欠の文献である。

 聚楽城(第1冊ほか所収)や御土居堀(第2冊ほか所収)に関心を持ち出したころ、どれほどこの報告書にまなばせてもらったか。

 その他、船岡山城、淀城、山科本願寺・寺内町、豊国廟、松花堂庭園、笠置山などおびただしい府下の史蹟の基礎データが最高クラスの研究者によって執筆されている。

 大半が京都帝国大学の関係者である。
 他府県の当時の同様の報告書と比して抜群のレベルの高さといってよい。

 いろんな意味で府下の史蹟を研究対象にしている僕にとって、すべて拙宅においておきたかった。

 が、古い文献であるから新刊で入手は不可能である。
 臨川書店から復刻版が出ているが、とにかく高価だ。

 たとえば第16冊は1冊の価格が1万2000円だ。
 すべてが1万円前後。
 これを20余冊そろえるのは、裕福とはいえない僕にはかなりしんどいことだった。

 だから古書店で安価なときに1冊ずつ入手してきた。

 それもなるべく復刻ではなく、原典で。
 どうちがうか。
 写真の鮮明度がちがう。
 これは重要だ。

 で、ここまで13冊原典で集めた。
 が、まずはそろえることが大事だとも気づいていた。
 復刻版の方が原典より安価だ。

 最近どうしても必要になったので、第3冊目を復刻版で入手した。
 写真の不鮮明さはあるが、そんなこだわり以前にまず所有すべきだったと改めて思った。

 のこりも安価なときに復刻版でもいいからそろえた方がよい。
 そう思っていたやさきのことだった。

 2千円は安い。
 たとえばいま「日本の古本屋」のサイトで復刻版の同書を検索すると、安価なものでも各4000円である。
 
 Y田K和博士のご連絡は大変ありがたいことだった。
 三条京阪のブックオフはしょっちゅう行っているのだが、この1週間ほど行かなかった。
 年末には行っている。
 なんせここで「のだめ」の多くを入手したんだから。
 その間にこんな事態だ。

 これだからブックオフひんぱん通いはすべきだ。
 
 昼間、基礎からまなぶ日本歴史に出講だったので、そのあと駆けつけた。
 思いはみな同じはず。
 もう取られたかも知れない、気ばかり急いだ。

 到着、3階に駆け上がる(いや、エレベーターで)。
 予想した位置になかった。

 もう売れたか、いや全巻買う「変態」はそういるはずがない。
 みている場所がちがうのだ。
 もし売れ出していても少し残っているばすだから。
 
 探して正解。
 予想のところとちがう位置にあった。 
 おお、Y田K和博士がいわれた巻すべてある。
 誰も購入しなかったのだ。

 すぐレジに運ぶ。
 ブックオフで1万6000円を払うのは久しぶりか、はじめてだ。
 気のせいか店員笑っている。
 なんでそんなに本買ってんねんという感じ。

 帰宅してすでに購入していたものと一緒に並べた。
 憧れの『京都府史蹟名勝天然紀念物調査報告』が全巻拙宅にある。
 はじめて本書の存在を知ってから、20年ちかい。
  
 自由に自分のお金を使えるのはいまだけだ。
 いまのうちに今後の研究のための必要文献をそろえておきたいと思っている。
 今日そのひとつをこなせた。

 感動だ。
 
 Y田K和博士へ感謝をこめて。

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2008.01.05

仕事たいへん進む。

 知らんまにまた首位にもどっている。
 すごいなあ。
 ありがとうございます。

1/4(金)はれ
 天気がいいのに、事務所にこもって仕事に没頭。
 めっちゃ、進んだ。
 久しぶりにいい気分だ。
 ようやく先がみえてきた。

 でもなあ。
 明日からもう外に出ていかなあかんし、別の締め切りふたつもまもなくやってくる。
 ひとつのことに没頭させてもらえへんなあ。
 
 「のだめカンタービレ」スペシャルも仕事しながらみた。
 原作に忠実である。
 すばらしい。
 原作者の意向とか。
 うれしいです。
 原作を愛するファンを大切にしていただき感謝いたします。

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2008.01.04

家から出ず

1/2~1/3
 家から出ずに籠もりっきり。
 仕事が進んだにちがいない。
 ほんとうか。

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2008.01.01

謹賀新年

 2008年(平成20、戊子、2668)元旦。
 数え年42歳になりました(満40歳2ヵ月)。

 新年、あけましておめでとうございます。
 
 なんか、またいろいろありそうな予感がしております。
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 まずは、
 1.『池田屋事件』講談社現代新書
 2.『京都の江戸時代をあるく』文理閣

の原稿提出が最大の課題です。

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2007.12.31

本年の回顧

 大みそか。

 本年の回顧。
 いろいろありすぎた。

 昔から意識していた「40歳」になった。
 どういう年か、よくわかった。
 研究生活を送ること、いろんな嫌がらせや侮辱をうけてきたが信念をまげなくてよかった、
 そう思えた「40歳」だった。

 ブログランキング、最後まで首位でした。
 登録者161人(組)もいるのに、そのなかには山田邦和博士、桐野作人氏のほかさまざまな猛者がおられるのに。
 信じがたいこと。

 心より感謝申し上げます。

 来年もどうぞよろしくお願いいたします。

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2007.12.30

風邪から立ち直り「のだめ」にはまる

 実は風邪をひいていた。

 熱も一時、37度9分まであがってた。
 講義や巡検も熱のなか行っていた。
 参加者は知っておられるが。

 心配かけたらあかんと思って、ブログ上ではふれなかった。
 
 熱が出て、医者にはすぐ行った。
 自覚症状がでたら市販の薬なんか役にたたん。
 だからいつもすぐに医者にいく。

 注射を打ってもらって薬ももらったからすぐ治ると思ったが、治らんかった。
 毎日講義してたらのどの腫れはひかへんやろ。
 寒い中歩き回ったら、治らんやろ。

 やっと一昨日、外の仕事がおわった。
 昨日もう一度医者に行った。

 おかげで昨日の午後から楽になってきた。
 
 今朝、ついに峠をこした気になった。
 楽になったらものを考える気になってきた。
 仕事をする気になってきた。

 なるほど仕事がすすまんのはやる気がないからではない、
 体調が悪かったのだといまさらながらわかる。

 しんどいなか、すこしずつ仕事をし、掃除もしながら、「のだめカンタービレ」の連続放送を一気にみた。
 気になっていたドラマだ。
 やっとまとまってみた。
 すごくおもしろかった。
 音楽家やそれに準ずるものに弱い。
 自分がピアノをひけないから、コンプレックスだ。

 郵便局にいくつかの封書をもっていったついでに、原作をまとめて買ってしまった。
 一気に読んで、さすが、ドラマがいいだけではない。
 原作がいいんだ。

 年始も「のだめ」スペシャルがある。
 いかん、また楽しみだ。
 すること死ぬほどあるのに。

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2007.12.25

2006年の宮崎あおいさんのカレンダーをもらう

12/24(祝・月)はれときどき雨
 クリスマスイブ。
 僕はキリシタンではない。
 が、幼児期より信教とは関係なくかかささず行われた祝祭日なので、仏教徒を公言するようになっても、大事にしている。
 
 プレゼントをもらった。
 2006年の宮崎あおいさんのカレンダーだ。
 未使用のもの。

 来年は2008年だ。
 ふるいもので使用できない。いうまでもない。

 でもそんなの関係ない。

 2007年と2008年はすでに自力で手に入れている。
 だから2006年のものがほしかった。
 一般には賞味期限がきれているかもしれないが、ぼくには貴重書だ。
 写真集だと思っている。

 ありがとうございました。

 人がほしいものをあげる(もらう)。
 これがすばらしい、と思う。

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2007.12.24

冬休み、バンザイ

12/23(日)あめ
 一日中、家にいた。
 仕事をしていた。

 誰とも話さなかった。
 いや、宅配便の人とはなしたか。
 それだけ。

 さすが仕事すすんだ。
 貴重な日だった。

 きづかなかったこと、いっぱいきづいた。
 久しぶりに「貯金」ができた。
 
 夜はM1グランプリだけ仕事をとめてみた。
 敗者復活のコンビが優勝した。
 劇的だった。

 キングコング、あんな実力があったか、知らなかった。
 失礼だが、みなおした。

 仕事をしながらだが、中村勘九郎特別企画もみた。
 こちらも感激した。 

 やっぱりなあ、時間は必要です。
 冬休み、バンザイ。

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2007.12.23

ひさしぶり、まとまった雨の日

12/22(土)あめ
 ひさしぶりのまとまった雨。
 宇治市の「太閤堤」の現説はたいへんだったろうな。

 僕は別の用事があったので、そちらに行くつもりにしていました。
 が、疲れがたまっていたようで、寝坊。
 行けず。

 で、家で事務処理をしておりました。

 夕方、外出。
 途中、大谷大学へ立ち寄り、試験の書類を提出。
 教務課に誰もいなかったので、となりの課の方に託す。

 旧宇治郡某所で、またさがしもの。
 またダメだった。

 時間がかかるものだから仕方がない。
 知識と見聞はふえた。
 それでよしとしたい。 

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2007.12.21

多忙である。大変でござる

 本日もブログランキング1位である。
 ありがたくってしかたがありません。

 それにしても多忙である。
 大変でござる。

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2007.12.19

大和郡山と上七軒の大文字

12/17(月)
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 今週、本年の大学講義が終了する。
 ながかった。

 大谷大学・佛教大学に出講。
 佛教大学では大和郡山城下町をとりあげる。

 郡山城下町を近世的に改造したのは豊臣秀長である。
 秀長の豊臣政権内での意義を紹介し、あわせて郡山の特徴を論ずる。

 最後は近世の絵図や明治の古地図をつかって、現在の地形図上に郡山城下町を復元してもらう。
 みなさん久しぶりのぬり絵だったようで、楽しそうでした。

 夜、上七軒へ。
 お茶屋大文字さんでまた歴史こばなし。

 今回は「新選組と上七軒」。
 土方歳三に(夭折したが)女児がいて、その母が上七軒の芸妓だという話の真偽を考えてみた。
 けっこうウケた(気がする)。

 大文字の4姉妹をフジテレビがおっかけている。
 そのため本日の宴席にテレビカメラがはいる。
 僕もインタビューをうけた。

 来年放映予定。
 ほろ酔いで大文字の4姉妹への思いをかたる僕が映るかもしれない。
 できれば使ってほしくないが。

 写真は長女、勝也さん(芸妓)。

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2007.12.13

「偽」はあんまりだ

 1年の世相をあらわす「今年の漢字」の発表があった。
 はじめて年末がちかいのだと実感した。

 その字が「偽」。

 応募総数2割をこえ、約1万6500人が選んだという。

 が、「偽」はあんまりだと思った。

 わかるけど、それをいってはもともこもない。

 はたしてそれは表に出ている事件だけか。 
 他人事のようでよいか。
 みな知らず知らずのうちに、ウソや不誠実をしていないか。

 胸がいたい。

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2007.12.07

実況中継ができるようになった

 おはようございます。
 本日もブログランキング首位のままです。
 ありがとうございます。

 本日ようやくケイタイから投稿できるよう設定しました。
 (遅すぎるわ)

 これで外出先からも更新できます。

 「旧版」以来、久しぶりに実況もできると思います。

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2007.12.06

ブログランキング首位に

 ブログランキング、首位になってました。

 おどろきました。
 たいへん久しぶりで。
 みなさまのおかげです。
 かさねて御礼申し上げます。

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2007.12.01

大学前に古書店がない

11/30(金)はれ
 午前中、同志社大学に出講。
 
 今出川校地の西門前に古書店がある。

 毎週、立ち寄っている。
 必ず何がしら購入する。
 表はさびれた感じだが、意外と変化がある。
 今日は何が入っているか、さがすのも楽しみのひとつ。

 門前など付近に古書店がない大学、致命的だと思うのだが、おどろくほど多い。

 母校佛教大学は26年みているが、存在したことがない。
 紫野泉堂町にすこし前にあったが、それは離れすぎ。
 大学ちかくとはいえない。

 出講している大谷大学、京都女子大学、天理大学、みなない。
 烏丸鞍馬口下ルのブックオフも大谷大学からは離れすぎている。

 さみしいことだ。

 京都大学は例外。

 立命館大学も一軒しかない。
 もう一軒、あっぷる書店があったが、いまは千本中立売の移動した。

 同志社大学前のその一軒は孤塁だ。
 同志社大学のめんぼくのためにも、ぜひずっとつづけてほしい。

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2007.11.30

【再開!】桐野作人さんのブログ

 本日未明、桐野作人さんのブログ「膏肓記」が、突然凍結解除(すなわち再開)された。

 めでたい。
 ほんとうにめでたい。
 
 実にえがたい情報を惜しげもなく公開してくださる、稀少なブログであった。
 どれだけ学習させていただいているか知れなかった。

 本日、同志社大学講師室で、桐野さんからの再開の通知メールをみた。
 
 結局理由はなんだったのか、というと、ただのミスだったという。
 それが一片のメールで謝罪してきただけという。

 信じられない。
 
 桐野さんの社会的信用を喪失させるような凍結理由が、約2週間もネット上に掲示されていたのに、である。
 それがただの勘違いだったそうだ。

 ネット社会のこわいところがモロにでたな、という思い。

 明日はわが身かも知れない。
 こわい、こわい。

 ともあれ、かさねて「膏肓記」の再開を心よりお慶び申し上げる。

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2007.11.21

時間がない。限界をこえたか

11/20(火)はれ
 午前中、今週の「京都検定日めくりドリル」最後の1問をつくり、お送りする。
 まだ世界遺産編をつづけている。
 今週は、金閣、銀閣、西芳寺など。

 12時30分から、基礎からまなぶ日本歴史。
 また今日も鎌倉が陥ちなかった。

 野口実さん(京都女子大学)の征夷大将軍論をご紹介したり、六波羅攻めのはなしをしたり、このネタに都合のよいテレビドラマのビデオをお見せしたりした。

 JR西日本の原稿が進まない。
 それにもかかわらず、急用で両親のもとへ行く。

 両親のもとでも、ビールをロング缶ひとつも空けられなかった。
 本格的にビールの量を制御できるようになった。
 すばらしいことだ。

 帰宅しても可能なところまでJR西日本の原稿、進める。

 物理的に時間がほんとうにない。苦しいかんじ。

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2007.11.20

学術誌より一般誌を優先している現状をなげく

 桐野作人さん、いまだに管理者から連絡がこないそうだ。
 だからいまだブログが再開されない。
 なんということだ。
 桐野さんのご心中、いかばかりか。

11/19(月)はれ
 朝1番、大谷大学へ。
 京都史蹟論を講ずる。
 京都市教育会と寺井萬次郎の件。

 『京都民報』の記事を配ったが、これもまだ論文化できていない。
 有志舎の本で詳述することはもちろんだが、できるなら先に論文化し、学術誌に投稿しておきたいところ。
 
 最近、論文化する前に、一般誌に書くくせがついてしまっている。

 一般誌だからといって中身をうすめてはいないが、論点(問題の所在)の提示はさすがに最小限にとどめないといけない。
 何より「注」がない。

 これではそれに関心をもった研究者が引用して使うことができない。
 すると学界に成果がいかされないことになる。

 拙著『御土居堀ものがたり』でもいわれたことがある。

 注が入ってないから論文に引用できない。
 はやく論文集として刊行せよ。

 くやしくもありがたいお言葉。

 まだ実現できていない。
 どんどん他に関心が広がる。
 このままできずに死ぬのではないか。

 なお有志舎の本では、社長の永滝稔さんが理解をしてくださったので、きちんと「注」がつきます(出典だけでなく、その引用ページまで入れます)。
 一般向けではありますが、研究者が使用するにたるものを目指します。

 午後からは佛教大学へ。
 こちらは伏見城下町のはなし。
 また佐竹屋敷。

 あきないなあ。

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2007.11.19

【告知】桐野作人さんのブログの異変

 友人の歴史作家、桐野作人さんのブログ「膏肓記」にアクセスをしたら、不能になっていました。

 理由は掲示されていましたが、穏やでない内容でした。
 びっくりして、「何がありましたか」と、直接桐野さんにメールを送ってみました。
 事情をうかがいたかったのです。

 すると、すぐお返事がきました。

 まったく身に覚えのない一方的で不当な告知らしい。

 が、その旨を管理人さんに問い合わされたが、いま現在何の応答もなく困っている由。
 どう考えても不当極まりないものですが、そのことを主張したくてもその手段がなくて困っているそうです。

 僕と同じく桐野さんを心配している方へこのことをお伝えいたします。

 早く誤解がとけ、魅力的な桐野さんのブログへのアクセスが可能となることを願ってやみません。

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2007.11.18

時間のないことを考えた

11/16(金)はれ
 午前中、同志社大学に出講。

 先週末、伏見城下町の佐竹屋敷跡調査成果の現地説明会があった。
 僕はうかがえなかったが、その意義は誰よりも知っている(つもり)。
 それをていねいに話す。

 午後は奈良県の天理大学へ。
 
 明日はひさしぶりに休みだ。
 たまっていることがある。それができる。
 「ヒマ」は大事だ。とても大事だ。

 何をするより、まずは「間(ま)」だ。
 ぼーっと、考えごとをしよう。

 でもなぁ、締め切りすぎたものがあるんだな。
 それに立ち向かうことを優先せねば。

 忙しいことの喜びと哀しみのはなしであった。

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2007.11.15

仮面ライダー・ザ・ネクスト、に残念がる

11/13(火)はれ
 基礎からまなぶ日本歴史に出講。
 鎌倉幕府を滅ぼそうとしているが、なかなか滅びない。
 今日は元弘の乱の中途でおわった。

 「太平記」の楠木正成登場の部分と、摂津桜井での正成・正行父子のわかれの部分が呼応することを指摘し、同書の正成の位置を論ずる。

 夜、映画「仮面ライダー・ザ・ネクスト」を見にいく。
 二年前の「仮面ライダー・ザ・ファースト」の続編だ。
 「ファースト」上映時は熱狂した。
 3回も見に行った。

 だから今回も楽しみにして行った。
 が、どんな映画でも感激する僕にすればめずらしい。

 ダメだった。
 ホラードラマ性がつよすぎて、せっかくの特撮ヒーローの魅力、バイクアクションの影がうすくなっていた。
 とても残念だった。

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2007.10.22

1213歳、おめでとうございます

 おたんじょうび、おめでとうございます。

 本日は平安京誕生日です。
 1213歳になられました。

 延暦13年10月22日(西暦794年)、遷都されました。
 公的な祝賀行事は「時代祭」ですが、僕は私的にどこかでお祝いをいたしましょう。

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2007.10.06

よい誕生日であった

10/5(金)はれ
 40歳になったことを公示したところ、たくさんの方からメールやハガキでお祝いを頂戴しました。
 この場で恐縮ですが、御礼申し上げます。

 本日ついに同志社大学の講義が始まった。
 先週は講義がないのに来校したとのべた。
 それを教室でお話したらウケた。よかった。

 近世の交通路と道標を論ずる。
 交通路の変遷をしることは、たんに交通の歴史をまなぶだけではなく、都市の盛衰の意味を理解することにも通ずる。
 だから意義深いので3ヵ月お付き合いくださいという。

 午後から奈良県天理大学に出講。
 こちらは幕末大和の歴史地理なんていうのを講ずる。

 取り扱うは天誅組の乱。
 さて楽しみ、楽しみ。

 先週の印象がよかったようで、60人ほど好意的に受講してくれる。
 反応もよい。3ヵ月楽しそうだ。
 
 夜、2か所から講演依頼がある。
 おお、なかなか同日に重なることは少ない。
 すごい、すごい。

 帰宅すると、宅配荷物の不在票が入っていた。

 「例」の本だ。
 なんと今日届いていたのだ。

 誕生日プレゼントみたいだ。

 手には出来なかったが、とてもうれしい。
 よい誕生日だった。

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2007.10.05

40歳になりました

 本日、誕生日。
 40歳になりました。

 むかし40歳になっても大学の専任教員になれなかったら、その道をあきらめるといった方があった。
 そんなものかと思っていましたが、自分が40歳になって思うのはちがうこと。

 40歳になってもやっていけていることを、そのさきもあきらめる必要はない。

 昨日より今日より、明日が楽しみだ。

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2007.09.30

季節はずれの大掃除

9/29(土)くもりのちあめ
 しなければいけないことが多数あるが、モノがありすぎてもう家が機能しなくなった。

 だから家で大掃除。
 いっぱいモノをすてた。

 まだ終わらない。
 でも次の用事に移る。

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2007.09.26

麒麟の田村さんの父子再会を喜ぶ

9/25(火)
 行方不明だった麒麟の田村さんの父が見つかったという新聞報道に驚いた。

 それが超能力者の透視がきっかけで、本日の夜のテレビで放映する、と聞いた瞬間「うさんくさいもの」を感じたが、気になってそのテレビ番組をみた。

 思うことはいっぱいあったが、父子再会がなったことは事実なのですなおによかったと思った。

 それにしても田村さん。
 自伝の刊行、映画化と、一気に表舞台に出たなあという思い。

 これからも頑張ってください。

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2007.09.06

府立総合資料館で原本を確認

9/5(水)はれ
 まだまだ痛いほど暑い。

 京都府立総合資料館へ行く。
 例の「珍品」のひとつ、類書があるものか、司書の松田万智子さんに尋ねにいく。

 さすが、松田さん。
 ほとんど即答された。

 「もと」があった。
 いささかがっかり。

 が、すぐにきづく。
 まったく同じではない。

 大部分はそのまま筆写しているが、一部かなり加筆がある。
 オリジナル部分の多い異本だった。
 やっぱりおもしろい。

 京都新聞連載中の「京都検定/日めくりドリル」のネタにしよう。

 ちなみに本連載は来週、365回をむかえる。
 ほんとうに1年の「日めくり」に達する。
 すばらしい。
 みなさまのご愛顧のおかげです。

 それしても即答された松田さん、司書の鏡だ。