2016.06.24

伏見指月城と向島城跡を歩いた

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2016年6月23日(木)くもりのちはれ

 午後から京都新聞文化センターの巡検。伏見指月城跡(指月の岡)と向島城跡をあるく。昨年石垣と堀の見つかった現場ではマンション建設継続中。マンション名に「伏見指月城」が付せられていて感心。遺構検出を示す大きな解説板と出土石が展示してあった。しかしその遺跡を破壊してのマンション建設とは当然書かれない。

 途中、観月橋でおそうじ中の北村正義さんにばったり。指月城跡踏査のあと北村さんの吉田地図販売所に寄り、第二類型伏見城下町絵図の調整図を受講者多く購入。

 向島城跡にはいまだに建碑がなされていないことをなげく。同地域選出のS市会議員に期待したい。

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2015.12.31

年末は越前一乗谷へ

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2015年12月28日(月)~29日(火)

 娘と妻と義母とともに越前に入る。初日は勝山市の恐竜博物館、宿泊は東尋坊温泉のあるホテル。

 二日目は一乗谷朝倉氏遺跡。僕はたぶん20年ぶりではないか。3回目。復元建物館は前日から休館期間に入っていると承知で訪問。

 下城戸の堀の東端が一乗谷川につながっていたとは恥ずかしながら知らなかった(現地の解説板で知る)。喰い違い土塁による出入り口で、なるほど要害だと感じる。

 防衛施設である城戸に接して大甕を複数持つ民家があるというのは、洛東山科本願寺の第一郭南西隅の土居きわと同一で実に興味深いと思えた(1997年の発掘調査成果)。

 帰りの電車に遅れることは絶対に避けたかったので、朝倉義景邸跡から早めにタクシーを呼ぶ。予想外に約束通り来てくれたため、40分も一乗谷駅で電車を待つことになった。も少し遅れてくれたら上城戸にもよじ登れたのにというのはない物ねだり。

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2015.11.02

「城下町科研」大和研究集会に参加

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2015年10月31日(土)~11月1日(日)

 葛城市歴史博物館で行われた「城下町科研」大和研究集会(16・17世紀大和国における都市と権力-城下町・陣屋町の成立と変容。研究代表:仁木宏さん)に参加させていただいた。知らないことばかりで、学ばせていただきました。

 やっかいだったのは、都市史研究と幕末史研究の頭がいったり来たりでした。つまり中近世移行期の城と都市の成立のお話をうかがっているのに、高取城下町や五條町の報告では、ついつい天誅組の前提を探ろうとしたりで。

 本日は雨ですが、巡検です。参加させていただきます。金曜日に天理大に出講しているので、4日連続で大和に入る。

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2015.09.29

整備された勝龍寺城惣構の土塁・堀に感嘆

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 昨日の「都名所図会をあるく」では、洛西乙訓郡(西岡)を訪れた。最近ずっとだけれど。

 前回につづき開田城跡(長岡京市。以下同じ)、長岡天満宮、鞆岡廃寺跡、勝竜寺城跡、同惣構土塁・堀(神足神社)に行く。

 勝竜寺城の惣構土塁・堀は、整備完了していて見違えた。荒城状態が良かったなんて言ってはいけないのだろうが、ちと思う。でも現段階の土塁整備の見本みたいな状態で、実によかった。開田城跡整備の次の段階という感じでした。

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2015.07.17

検出遺構は伏見指月城でよいか

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 昨日、名古屋市の栄中日文化センターに出講。

 日本の城と合戦講座では、先日の伏見指月城の石垣・堀跡検出を話題にした。

 去る7月10日(金)夕方のニュース(「キャスト」、ABCテレビ)を切り口に、このたびの石垣・堀は、指月そのものではないかもしれないという森島康雄さんの見解を紹介した。

 ただし「キャスト」では代案が出されなかったので、おそらく次の木幡伏見城時代の大名屋敷のそれだと考えておられるのではと述べた。具体的に申せば、地名(京都市伏見区桃山町泰長老)から西(兌長老)邸を挙げておいた。

 西笑承兌は相国寺のトップで秀吉や家康のブレーンとして知られる。

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2015.06.21

指月伏見城の石垣・堀は常時公開しての保存を望む

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 去る6月19日(土)、指月伏見城(京都市伏見区)の石垣・堀を拝見した。
 位置をはじめ、実態不明だった同城が初めて姿を現した。
 
 聚楽城から木幡伏見城(豊臣秀吉終焉地にして、徳川家康・秀忠・家光の将軍宣下の地)へ至る天下人の城郭技術の変遷を知るうえで極めて意義深い成果である。
 同遺構が保存に向かっているようにいろいろ情報が入ってくるが、埋め戻すのか、公開性のあるものとするのか、いまだ不明。
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 先年の聚楽城本丸石垣(京都市上京区)のように、埋め戻してしまえば事実上2度と見れない。当日来れなかった方、今後生まれる人達のためにも公開状態での保存を強く求める。
 関係者の賢明なる判断を心より願う。
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 もちろん国史蹟の指定が前提である。
 いまだに聚楽城も伏見城も本体はまったく文化財指定を受けていない(ただし伏見城は石垣の一部が京都市登録史蹟)。他の都市なら考えられないことだ。

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2013.07.07

読売に僕のコメントが載ったことにつき

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2013年7月5日(金)はれ

 朝早く、近所のコンビニに読売新聞を買いに行く。「御土居『付け替え』跡」確認の記事に僕のコメントが載っていた。

そのコメントのうち、「御土居は江戸から明治にかけての都市化で大半が根こそぎ壊され」たという部分は誤りです。

徳川時代、東部の今出川通附近から五条通間の多くは消失しましたが、それ以外は、全域に新たに多くの道路新設を許したことをのぞき、町奉行所が大切に扱いました(都市民の生活の利便性を尊重はしている)。

明治に解体は始まりましたが、北部や西部はまだかなり残っていました。先の敗戦後でも、北辺の現北区鷹峯・大宮地区の部分はまだ残されていました。

現段階でも「大半が根こそぎ壊され」たかどうかは全域の発掘調査が行われておらず、事実かどうかは不明です。実際過去の調査で基底部の土塁は3ヶ所見つかっており、おそらくまだまだ残っているでしょう。

 御土居堀の歴史と地域ごとの特徴については、現段階では拙著『御土居堀ものがたり』(京都新聞出版センター、2005年)がもっとも事実に即した叙述をしていると思います。が、もう刊行から10年ちかくたち、新刊が望まれます。

 午後、「中村武生のくずし字研究会」に出講。かわらず幕末会津の記録を読む。私的なことが多く、政治向きなことは、本日のところでは容保が慶喜のところへ行ったという1点だけ。兄の日記とは正反対。本日は4日分に立ち入った。

 終了後、研究室で懸案の原稿を1時間だけ叩き、整骨に行く。歴史好きの医師から本日は赤穂浪士の質問をされた。寺坂吉右衛門は討ち入りメンバーとは考えがたいと述べた(直前逃亡だろう)。食べ物の話題もふってこられたが、こちらは全く分からず。

 その足で内科医に行き、先日の血液検査の結果を聞きに行く。少しのどが痛かったし。血液検査、予想外に何の異常もなし。中性脂肪さえ正常の範囲。驚き。のどの痛みは少し風邪ぎみか。熱を計ったら微熱でこちらも驚いた。早く寝ろといわれた。娘の寝かしつけで原則毎日いっしょに早く寝るので(寝落ち)問題なしか。早く寝ます。

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2013.07.05

中村武生の1週間一挙公開

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6月28日(金)

 午後から「中村武生のくずし字研究会」に出講。引き続き幕末会津関係記録を読む。夜、山科本願寺・寺内町市民の会事務局の論文を読む会に参加。福島克彦氏が草野顕之氏論文を書評。終了後、福島さん、安藤弥さん、郡邦辰さん、島田雄介さんと懇親。

6月29日(土)

 午後、名古屋市の栄中日文化センターに出講。新選組講座。慶応3年6月、新選組の徳川家仕官とそれに関わる茨木司・佐野七五三之助ら4名の自刃事件などを扱う。終了後、受講者と懇親。ほんとうは桑名市の幕末展に行きたかったが、疲れた。

6月30日(日)はれ

 午後、幕末マニア講座A班(新選組)に出講。巡検。甲子戦争(禁門の変)における天王山の真木和泉を追うコース5回に分けてあるいている。今回は洛外に出たところ(城州紀伊郡東九条村)から竹田街道をとって伏見奉行所まで。休憩含めて3時間30分ぐらいだった。終了後、参加者全員と懇親。キリン一番搾りを飲ませ、80年代音楽のかかる店。

7月1日(月)はれ

 前夜から娘発熱、今朝39度1分まで上がる。午前10時、都名所図会をあるくに出講。寺町を鞍馬口から南下。上御霊神社、阿弥陀寺、十念寺、本満寺、浄華院(清浄華院)、盧山寺に参る。明日、清浄華院で講演がある。出てこられた職員松田健志さんと軽く打ち合わせ。娘、日中39度6分まで熱あがる。翌日10年ぶりに会う予定だった友人I谷T士さんとの懇親、延期してもらう。が、その後、通院・投薬によりおさまりつつある。

7月2日(火)はれ

 朝、娘の熱36度8分まで下がる。もう安心。

 読売新聞京都総局の二谷さん(女性)から電話。高倉七条で検出された徳川時代に付け替えられた「御土居」基底部についてコメントを求められる。

 昼から基礎からまなぶ!日本歴史に出講。いつもの1週間の日本史ニュース解説、および第一次吉田茂内閣。第二次農地改革、日本国憲法公布、傾斜生産方式、二・一ゼネスト中止など。

 午後3時、清浄華院に移動。大方丈で講演。「清浄華院にいたころの松平容保―池田屋事件前夜」。友人で同寺史料編纂所の松田健志さんからのお誘い。第5世向阿の忌日の一環で。向阿忌は、僕の師の一人である前法主伊藤唯真猊下が再興されたもの。誠にありがたい機会を頂戴した。

 終了後、参加者4人と池田屋騒動之址碑の建つ店で懇親。

7月3日(水)一時あめ

 午前、京都女子大学に出講。歴史地理学という科目。昨年末の聚楽城本丸南辺石垣列検出、およびその保存・公開問題を紹介する。

 終了後、共同通信の記者(女性)から大学に電話あり。前日に記した「御土居」基底部についてやはりコメントを求められる。

 午餐で立ち寄ったラーメン店でカサを忘れる。

 午後、一般向けに聚楽城武家地を案内した。前回のつづき。雨の危険のあるなか、意外と多くの新規の方がお越しになる。参加くださった豊臣期京都に詳しい郡邦辰さんからたいへんな示唆をうける。参加費をいただいてはいけないほどだった。

 二条城東大手門では旧知の受講者にばったり。案内をしておられる。板倉勝重・重宗邸跡碑、直江兼続邸推定地道標、毛利輝元邸跡推定地、宇喜多秀家邸跡、徳川家康邸跡推定地、中村一氏邸跡推定地、平安宮内酒殿跡井戸検出地、松林寺、聚楽城本丸南辺石垣列検出地、杉原寧(豊臣秀吉正室)居所跡推定地、豊臣秀勝邸跡伝承地碑などをあるく。

 聚楽城本丸南辺の石垣列が検出した地は、いま建設工事のまっただなかである。外から普通にのぞけたので写真を掲示しておく。西側から。石垣を公開した昨年12月24日の同じ場所の同じ角度の写真もあわせてのせておく。石垣列は地下に保存した由だが、まったく封印された状態だ。

 途中、直江兼続邸推定地道標のそば、既知の喫茶店「チタチタ」でお茶会実施。

 終了後、四条烏丸に移り、NPO法人京都歴史地理同考会理事の一部と臨時の打ち合わせあり。この間、京都市中ではゲリラ豪雨。運よく避けられた。

 

7月4日(木)あめ

 午前、NHK文化センター京都教室に出講。もう一度まなびなおそう、日本史。今回は院政と保元の乱。「叔父子」問題について、角田文衛氏(故人)の旧説と美川圭氏の新説をご紹介。

 雨のため、午後から予定していた豊国社跡と大仏跡巡検を中止する。やっとカサを買う(家から持ち出さなかった)。午餐は裏寺町の「喜の家」でひとりお好み焼き。この間に雨がやむ。たまたま立ち寄った四条河原町のブックオフで、受講者である京都女子大学文学部史学科2年生Oさんにばったり。せまい社会だ。カサ結局ほとんど使わず。晴れ男の面目躍如である。自分を信じて買わなきゃよかった。

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2013.06.27

聚楽城・ハイジ・美女か野獣

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2013年6月26日(水)雨

 京都女子大学に出講。また聚楽城の話だった。足利健亮先生(故人、歴史地理学)の復元案がなぜ非事実と思うかを述べた。森島康雄さん(京都府立山城郷土資料館)のご研究成果の意義とともに。

 次回は昨年末に検出された同城本丸南辺石垣の話に至って、聚楽は終わらせる。

 で、洛中惣構に移る。次回はもう7月じゃないか。いっこも進んでないことを反省。

 午後はよみうり文化センター京都教室に出講。京都の歴史を基礎からまなぶみたいな講座。承和の変と応手門の変。30分もオーバー。専門でもなんでもないのに、瀧浪貞子さんのご著書を使いつつ、「続日本後紀」など原典も朗読したりして時間をめっちゃかけた。

 終了後はまた有志と懇親会。アルプスの少女ハイジの某回と「美女か野獣」(福山雅治主演)の第一回はいつでも泣けると見てないのに嗚咽まじりで語る。

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2013.06.25

聚楽城とあじさい

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2013年6月24日(月)

 東京都町田市の朝日アウトドア講座の57人のみなさんが上洛。バス2台で洛南の世界遺産の地を訪ねられるので、その案内を仰せつかった。

 平等院、宇治上神社なのだが、ついでに三室戸寺と伏見稲荷にも同行する。

 三室戸寺は過去に2回以上訪ねているが、あじさいの季節ははじめて。感受性の低い僕でもおーっと思うほど多く美しかった。写真はそれ。

 おうちへのおみやげは、宇治橋東詰南側の通円茶屋の茶そば。

2013年6月23日(日)はれ

 聚楽城連続講演会に出る。本日は光華女子大学非常勤講師の百瀬正恒さんと岡山市教育委員会の乗岡実さんが登壇くださった。

 百瀬さんは京都の町の形成過程について、乗岡実さんは岡山城と聚楽城の石垣の比較論および埋納石垣の公開の現状についてお話しがあった。一同感銘。

 会場からはいつもの山田邦和博士のコメントが場を大きく盛り上げた。不十分な司会を助けてくださった。ありがとうございました。

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