2014.11.15

幕末三昧

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2014年11月13日(木)はれ

 

 朝から部屋の掃除。めっちゃ、ごみ捨てたよ。

 午後、京都新聞文化センターに出講。吉田松陰講座。今回は京都の安政大獄。受講者から「今回は眠くならなかった」だって。

 本日、九州旅行の請求書いただく。帰りにすぐ振り込む。担当Y田さんからよい話も聞く。おめでとうございます。お祝い、なんでもしますよと言う。

 

2014年11月14日(金)はれ

 午前中、くずし字研究会に出講。会津家臣日記は姉小路公知暗殺直前。K家文書は、仁孝天皇の崩御を伝える書翰。午後から某家文書調査。将軍家茂上洛を伝える書翰に気づく。あ、武田相模守信発書翰もあったな。いろいろたのし。

 

 

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2009.12.14

討ち入りの日に赤穂事件と京都の話をしてきます

多忙をきわめております。

 昨日の読売新聞朝刊京都版に、一昨日夕方に行ったイベント「龍馬、葬送の道?巡る―30人、近江屋から霊明神社へ」の記事が載っていました。記事は田岡記者です。ありがとうございます。あいかわらず、中村武生の写真が変でした。記事は以下↓。

http://osaka.yomiuri.co.jp/kyoto/news/20091214kn01.htm

 本日は、討ち入りの日です。

 正確には元禄15年12月14日は、1703年1月30日です。元禄15年=1702年という教科書的な説明は誤りですし、寒さも年末ではなく真冬です。だから大雪だったのか、とわかります。2日後には2月なのですから。

 当然のように、本年も討ち入りにからんだお仕事があります。夜、上七軒で「赤穂事件と京都」というお話をしてきます。

 意外なほど、赤穂事件は京都と関係があります。大石内蔵助のいた山科ではありません。洛中です。全く知られていないようですが。

 お昼はNHK大阪文化センターの講座で、伏見(指月)城跡と向島城跡をあるいてきます。今年最後の「直江兼続」です。 

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2009.11.18

大坂の役での家康陣所跡にたった

11/17(火)あめ

 雨である。珍しく、ほんとうに珍しく、そんな日に巡検である(現地見学会)。

 「基礎からまなぶ日本歴史」で先日まで大坂の役を講じていた。そのため最近、大坂の役古戦場の巡検ばかりしている。

 今回は、大坂夏の陣の際に徳川家康が布陣した、河内国交野郡星田村(大阪府交野市星田)の石碑を見に行くことにした。

 大河ドラマ「天地人」の先週分が、まさに夏の陣だった。なんてタイムリー。

 JR星田駅の真横に東高野街道が通っている。そこから星田の旧集落を通って、石碑に達した。魅力的な家屋がたくさん残る集落であった。なんてぜいたくな。

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 写真がそれ。手作りの案内(道しるべ)が多数あったので迷うことはなかった。近所の方にも親切にしてもらえて細い道を通って、その地に達した。

 もう二度とこれないかも、という思いで、雨のなか、せまい路地でしばらくみなでたたずんでいた。

 ほんとうはその後、大阪市内に出て、冬の陣の家康陣所(夏の陣の真田信繫(幸村))である茶臼山にも行くつもりだったが、雨天のため時間の経過が早く、断念。

 星田駅前で参加者全員で喫茶を楽しんだのち、有志のみで京都駅で打ち上げをした。あいかわらず楽しかった。

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2009.11.11

伏見区民を対象に直江兼続のみた洛中洛外をかたる

11/8(日)はれ

 京都市醍醐交流会館ホールでの伏見区政治・文化セミナーに出講。

 主催は、伏見区明るい選挙推進協議会・伏見区選挙管理委員会・伏見区地域女性連合会。

 去年に引き続き、2度目。去年は「篤姫のみた洛中洛外」というタイトル。

 今年は「直江兼続のみた洛中洛外」。NHK大河ドラマで食っている。

 今年各所で死ぬほど語った内容の総決算。スライド100枚を50分で語った。お見事。絶対オーバーすると思ったのに、ちゃんと終えた。最後は少し駆け足だったけど。

 反応のよいお客さんがおられて、場が盛り上がった。

 来年も再来年もお願いしますと、伏見区長さん。ありがとうございます。スケジュールあけておきます。

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2009.10.14

今宮神社に参って秀頼の死を伝える直江兼続書翰などを読む

10/13(火)はれ

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 今朝も、「江戸時代京都の観光モデルコース」をあるく。前回、台風接近で中止になった。そのせいか、今回は集合場所がいつもの駅改札ではなかったのに、いつもより多く参加者があった。いつもは宣伝不足ですわ、と受講者T崎さん。そうかなあ。

 本日は旧大宮通を通って、今宮神社へ。いろんな川跡をご紹介。そのひとつ有栖川の橋のかけらが今宮境内にある(写真)。T崎さんに教えてもらった。

 総務のK畑さんの周旋で、あぶり餅も食べた。織田信長らの骨灰を埋めたという阿弥陀寺跡から移転してきた織田稲荷社にも参った。意外と知られていない。楽しかった。

 次回はすこし飛んで、10/22(木)です。午前9時、大徳寺南門前(北区北大路大宮西入ル北側)集合です(真ん前に「アメリカ」という大きなレンタル店があります)。雨天決行。参加費ワンコイン(500円)です。

 午後から、JR京都駅前のキャンパスプラザ京都で「基礎からまなぶ!日本歴史」。前回、大坂落城した。

 今回は大坂落城をめぐっての、伊達政宗や直江兼続の書翰を読んだ。伊達政宗は、関ケ原合戦直後の豊臣秀頼の処遇をめぐって家康に意見した、有名な書翰も読んだ。伊達政宗の口惜しさがつよく感じられる。

 そのあと武家諸法度の元和令と寛永令を読んだ。次回は禁中並公家諸法度を読むところから。「徳川時代の京都」がはじまります。

 こちらの次回は、10月20日(火)午後0時30分から(1時40分まで)。場所は同じく、JR京都駅前のキャンパスプラザ京都5階第3・4演習室。どなたでもお越しください。参加費は変わらずワンコイン(500円)です。

 終了後は、NPO京都歴史地理同考会の理事会。もうすぐ総会がありますし、リーフレットをつくろうなんと話もあって、その打ち合わせ。「紀要」もまだ出せてないのに、リーフレットとは。いかんのだけど。

 そのあと某所でパソコン打つ。締め切りすぎたもの、直前のものいろいろある。なにか一つでも進めないと。

 夜は奥さんとおでかけ。

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2009.10.08

【講演】直江兼続のみた洛中洛外

 以下の講演会を行います。スライドをお見せしながらお話しします。無料です。ぜひおこしください。

                        記

伏見区政治・文化セミナーのお知らせ

1 日時  2009年(平成21)11月8日(日)

       午前10時30分~11時30分(開場・受付は午前10時00分から)

2 場所  京都市醍醐交流会館 ホール(伏見区醍醐高畑町30-1 パセオ・ダイゴロー西館2階 市営地下鉄「醍醐駅」2階) 

3 内容   「直江兼続のみた洛中洛外

       講師 中村 武生(なかむら たけお)氏(歴史地理史学者,京都女子大学非常勤講師)

4  定員   200人(入場無料,先着順,事前申込不要)

※ 伏見区政治・文化セミナーは,区民の皆様に政治や社会,文化に興味・関心を持っていただけるよう,身近な事柄,政治や選挙に関連するテーマを設定して,毎年開催しています。

詳しくはこちら→http://www.city.kyoto.lg.jp/fushimi/page/0000069718.html

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2009.10.06

直江兼続のみた洛中洛外を案内した

10/4(日)はれ

 朝6時、名古屋・栄の中日ビル前に集合。中日旅行会のイベント。20人の参加者とバスで京都へ向かう。「直江兼続のみた洛中洛外」のバスツアー。洛中と伏見の旧蹟(主に武家地跡)を見に行く。

 コースは以下。

【午前中:洛中】①一条戻り橋 ⇒ ②上杉景勝亭跡碑(村田織物前) ⇒ ③千利休亭跡碑(晴明神社前) ⇒ ④聚楽城北堀跡 ⇒ ⑤聚楽城本丸天守跡推定地 ⇒ ⑥聚楽城跡碑(正親小学校前) ⇒ ⑦聚楽城西ノ丸跡(北政所寧亭跡推定地) ⇒ (⑧聚楽城本丸南堀跡をとおって ⇒ )⑨梅雨井跡(聚楽城本丸東堀跡) ⇒ 昼食

 昼食は、二条城東門前の京都国際ホテル。ここは江戸時代の越前松平家の屋敷跡。幕末には松平慶永(春嶽)が居住したところ。豊臣期京都と伏見の武家地をあるくイベントの昼食地が、江戸時代大名屋敷跡。すばらしい。

【午後:洛中その2】

①上杉景勝亭跡参考地・直江兼続亭跡参考地道標(堀川通椹木町西入ル南側) ⇒ ②毛利輝元亭跡参考地(森中町) ⇒ ③宇喜多秀家亭跡参考地(浮田町)

ここで伏見へむかう。

【午後:伏見】

④御香宮⇒⑤前田利家・利長亭跡推定地(松平筑前公園)⇒⑥毛利輝元亭跡推定地 ⇒ ⑦福島正則亭跡推定地 ⇒ ⑧松平忠吉亭跡推定地 ⇒ ⑨島津亭跡推定地 ⇒ ⑩治部池(石田三成亭跡推定地隣地) ⇒ ⑪旧伏見桃山キャッスルランド天守(長束正家亭跡推定地) 

 とてもよいお客さんがおられて、励みになりました。バスでの案内は小回りが利きにくく、不十分なことでしたが、不満ももらされずありがたいことでした。

 夜は、泉涌寺へ観月に行く。JR東海のイベントである。ご招待いただいたのである。ありがとうございました。いい目をさせていただきました。

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2009.09.28

伏見城下町と龍馬をかたる

9/27(日)はれ

 東京都渋谷区に本拠をおく、「田舎の学校」が「京都水巡り」で西上された。昨日は洛中を回られ、本日は伏見。

 案内を任されたのはカッパ研究会であるが、ちょっとしたことで、同会の鈴木康久さんに誘われて、僕も案内することになった。

 午前9時30分、月桂冠大倉記念館で伏見の都市の歴史をかんたんにレクチャー。そのあと、寺田屋跡でいつもの解説。

 午前11時、10石船に乗って濠川を行く。これが伏見城惣構の堀(城下町外堀)で、今年の大河ドラマの主人公上杉景勝や直江兼続が構築にかかわったことを、同時代の文書を読んで解説する。

 下船後は、伏見城下町唯一のカギ型の辻「四辻の四つあたり」の説明をする。すなわち江戸前期、伏見奉行所の門前町形成で、豊臣期以来の都市計画道路が破壊された結果だという拙説を紹介した(拙稿「豊臣期伏見城下町の空間構造」『政権都市』所収、2004年)。

 昼食は京町通の魚三楼。昼からビールまでいただいた。たまたま隣に座られていたT中さんが、元平凡社の社員さんと聞き、ついつい言わんでもいいのに、同社刊行の『兵庫県の地名』にかかわったことなどをお話して盛り上がった。

 夜は、西洞院塩小路に来月建設予定の新碑の銘文を考える。

 大河ドラマ「天地人」をみた。三成が「のどがかわいた。湯がほしい」といわなかった。残念でならなかった。三成の最期で、「柿は痰の毒だ」シーンのない大河は近年記憶にない。

 関ヶ原の戦後処理で、豊臣秀頼の領地を没収し、220万石から65万石にしたといっていたが、具体的にどこの領地が取られ、誰に宛がわれたのか教えてほしかった。そんな事実はない。家康による領地宛行(あてがい)は、秀頼がすべきことを代行していると考えられるから。

 家康が領地宛行(あてがい)状を発給していた。毛利輝元も「三十六万石」の宛行(あてがい)状を見て、怒っていた。でも関ヶ原の論功は口頭でなされ、宛行(あてがい)状は発給されなかったと笠谷和比古氏によって明らかにされている(『関ケ原合戦と大阪の陣』152~158ページ)。

 秀頼の領地を没収したことを怒る福島正則と小早川秀秋に、家康は「治部少(三成)を討ち果たしたのはこの家康」とたんかを切った。

 が、オープニングのナレーションでは関ケ原において徳川の主力は参加できず、ほとんど豊臣大名が働いたことを告げていた。「治部少(三成)を討ち果たしたのは、豊臣大名」じゃないか。矛盾している。

 しんどいドラマである。

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2009.09.27

室町通をあるく最後のイベント

9/26(土)はれ

 京都おこしやす大学「京の魅力探訪ウォーク」に出講。室町通をあるくというもの。ついに最終回。室町御所の北限、上立売通から大炊御門大路(竹屋町通)まであるいた。

 石田三成の死刑引き廻しルートの検討をまたやった。どこで「のどがかわいた、湯がほしい」と言ったかを推定。よくやるわ。フィクションの可能性が高いのに。でも実にタイムリー。明日の大河ドラマ「天地人」で三成は亡くなるから。

 今回も聞き上手のみなさんのおかげで楽しく済ませることができた。ありがとうございました。

 「京の魅力探訪ウォーク」はこれで終るかもしれない。実におしい。

 関東の町田明広氏(幕末史家)が上洛。夜、いつもの「龍馬」で懇親。明日はキャンパスプラザ京都でご講演。島津久光についてお話なさる。

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2009.09.23

春日山城跡で感心しきりだった

9/22(火)はれ

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 越後滞在2日目。春日山城跡を訪れた。

 見事な城郭だった。観光地としても興味深い思いだった。伝直江兼続屋敷跡(写真)、伝上杉景勝屋敷跡の利用のしようは、京都の行政・観光業者はもっともっとみならった方がよい。

 京都市内の上京区や伏見区に同様のポイントがあるのに、まったく無視状態だ。「食う」努力が足りなすぎる。京都市も「天地人」ゆかりの地だともっと認識してほしかった。

 あいかわらず春日山城跡でも惣構跡をさがしていく。

 夕方、6時30分ごろ、直江津駅を出る。帰路、京都へむかう。

 途中、新疋田駅付近の信号が故障し、敦賀駅で電車が止まる。約2時間、立ち往生。かろうじて山科駅までは帰れたが、地下鉄はすでに営業停止していた。

 帰宅したとき、午前1時を過ぎていた。

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