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2021年4月22日(木)はれ
京都新聞文化センターの明智光秀講座(最終回)で巡検。洛東石田、南小栗栖、勧修寺をあるく。旧田中社(現天穂日命神社)、明智藪、本経寺、明智光秀胴塚(明智光秀之塚)碑をたずねる。胴塚碑は1970年10月、山本與一郎氏の建立。地元の伝承に従ったと駒札にあるが、近世地誌や『宇治郡誌』等に胴塚は紹介されていない。 『兼見卿記』天正10年(1582)6月16日条には、「向州頸・筒(胴)体、於本応(能)寺曝之云々」とあり、 首だけでなく胴も山科盆地から運ばれ本能寺に晒されたとある。すると胴塚なるものは存在しないはずなんだが。
2021年4月23日(金)はれ
内勤。うさぎを裏庭に放す。樋口隆康氏の回想録を読む。椿井大塚山古墳は小林行雄側からしか認識してなかったが、いまさらながら樋口氏の発言を知って、興味深かった。
隆大介さんの訃報に接して茫然自失に近い。惜しい。ファンでした。影武者の信長、峠の群像の浅野内匠頭など。台湾での事件を残念に思っていた。きっとまた飛躍されると願っていた。ご冥福をお祈り申し上げます。
あることで楠本端山・碩水兄弟に接する。ゆえあって27年前執着した対象である。実に懐かしく存じ、そのころのファイルをいつでも使えるように書庫に収めてあって、おそらく20余年ぶりに開けてみた。表現できない。調べたことは中途で止まっている。これをまとめる時期がくるとは思いにくい。希望はあれど。 怒り新党,再結党を視聴する。
寺田屋事件160回忌。大黒寺で供養祭行われたと思うが行かず。書店である雑誌を買いに行くが刊行は翌日だった。やむなく週刊文春、週刊新潮を購入。
2021年4月24日(土)はれ
慶喜が15代を断っていたらのイフは良く語るのですが、14代になっていたらは実に魅力的ですね。文久・元治の混乱は起きたか起きなかったか、ついで家茂は無能かどうかの再検討の必要性につながる。この件、まず重要なのは慶喜は無勅許調印につき井伊に自己主張している点、和宮降嫁はあり得なくなるという2点。 慶喜には正室がすでにいたから。すると10年以内に蛮夷拒絶の約束をしなくて済む。天子統仁(のち孝明天皇)と親戚関係にならない。これらが政局にどう影響するか。
毎日文化センター大阪に出講。午前中、吹田駅で人身事故があったが、ほぼ影響なし。三好長慶政権、金融恐慌などを話す。
夕食はピザ宅配してもらう。
2021年4月25日(日)はれ
内勤。夜、やっと京都民報の連載に原稿を送る。3日間、苦しんだ。
昼は焼き飯。夕飯はお好み焼き・焼きそば。
2021年4月26日(月)はれ
内勤。たまっているくずし字研究会の意訳・解説に手を出すが、あまり進まない。
NHK総合「歴史探偵」 。「真相!池田屋事件」が5月12日放映と新聞に発表ある。「新選組に斬られた側から池田屋事件を捉え直す」とある。中村武生も探偵に協力しました。拙著『池田屋事件の研究』(講談社現代新書、2011年)をベースに、あらたに得られた史料も加味して、従前の「新選組を有名にした事件」とは異なる側面に光をあて、大きくとらえようとされているはず。おなじNHK「歴史への招待」1980年7月3日放映、「新選組・池田屋騒動」に比肩する内容になっているのではと期待している。
ぼくの池田屋事件研究の原点はこの番組であった。いま視聴しても感じ入る。実によくできている。細かい問題点は当然ある。しかしこれが41年前に作られていたというのは驚異的。失礼ながらこれに比肩する番組はいまだ視聴したことがない。同作品ではスタジオ内に池田屋を原寸大に再現。内部がいかに暗かったか、天井が低く刀を振り上げるような戦闘は不可能などが論じられた。現在は1階に八間(大型の行灯)があったため部屋によってはそれほど暗くないとか、一般の家屋ではなく旅籠の天井は決して低くないなど訂正すべき点がある。
久しぶりに視聴した。1980年(昭和55)当時の三条小橋付近の景観、鈴木健二アナウンサーの語りの重厚さにふるえる思い。当時の池田屋ビルの奥行の深さをビル内4階の「モダン焼池田屋」店内を南から北にテレビカメラが通過することで示す。しかし「間口3間2尺、20尺、6・6メートル」といきなり誤り(正しくは3間3尺、約6・4メートル)。3間2尺(20尺)なら、約6・06メートルとすべきところ。「志士たちは階段を上がりましてすぐ左の6畳と手前の8畳、ここにいた」。つまり三条通、表(南側)に面した部屋だといっている。これも誤り。奥(北側)の部屋であることは野老山吾吉調書や大澤逸平の回想によって明らかになった。しかしこれらは後出しじゃんけんは勝つの意で、先人への敬意が足りない。 くどいがこの作品によってぼくは蒙を啓かれたし、ここで問題視されたことを基礎に研究を深めようとしてきた。三縁寺発掘での出土遺骨の数もそのひとつ。作品を書籍化した『歴史への招待』16巻(日本放送出版協会、1981年)は屈指の先行研究のひとつとして挙げる。
前年の政変後、すぐに長州が巻き返しをはかって天誅組の乱などがおきるというのは、事実関係の理解不備だが、40年前のそれを突っ込むのはないものねだり。
夕食は家で焼肉。夕方、山のように肉やらなんやら大量に買ってきた。この家で3回目ではないか。床が脂っぽくなった。