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2021.01.07

2021年1月5日記

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2021年1月5日(火)はれ

 前日つくったくずし字研究会の釈文、意訳・解説を配信する。文久3年(1863)7月21日条。昼、娘と買いに出かける。妻にはお寿司買う。

 午後、今年最初の「龍馬、新発見」(『週刊京都民報』連載中、京都民報社)の原稿上げて提出する。天誅組のつづき。龍馬が監察使四条隆謌に意見しに播州明石に行こうとしたこと、監察使は天誅組のヒントになっているのではというようなことを記す。

 それとは別に。文久・元治年間(1861-1865)に亡くなった所謂尊攘志士は、慶応4年(1868、明治元)以後まで生きていたら新政府の政治犯になった可能性はかなり高いと思う。大楽源太郎や神代直人などが文久・元治に横死していたら現在の評価はかなり異なっただろう。神代直人は高杉晋作や伊藤俊輔の命をねらい、大村益次郎暗殺犯となったため評価が低いが、元治元年(1864)6月ごろ河原町長州屋敷にいるので池田屋事件や甲子戦争(禁門の変)で戦死する可能性があった。そうならば贈位や靖国合祀の対象になったはず。 大楽源太郎もそう。なんせ池田屋事件の第一報を山口に伝えた人なんだから、もし同事件で戦死していたらまったく評価が異なる。

 本日1月5日(明治2年、1869年2月15日)は横井小楠の祥月命日。そんな日に、縁あってたまたま暗殺関係者、金本顕蔵(摩斎)の口上書を読む。金本は出雲出身で、前年まで近衛家ゆかりの摂州伊丹の明倫堂の教頭だった。出雲国神門郡下庄村、現在の島根県出雲市下横町の八幡宮の神主金本主水の倅。

 あわせて小橋多助(橘陰)。小橋は寺町鞍馬口の上善寺に首級が埋葬されたとされる小橋友之輔の叔父。 おそらく摂州伊丹にいたことがあるのであろう。この一族について、岡田唯吉『讃岐名和氏小橋安蔵一門勤王史』(鎌田共済会、1936年)があると知る。

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