武市半平太は龍馬に無関心か
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文久2年(1862)・3年と在京したにもかかわらず、武市半平太(瑞山)は同じく上方にいた龍馬について日記や現存書翰にふれないのは注目すべきではないか。
日記に出てこないというのは、つまり会ってない可能性が高いわけで。当時の龍馬の居所は不明なれど、武市が土佐屋敷に近い木屋町三条なのは確実で、龍馬がその付近と無縁なわけがない。なのに会ってないって、ねえ。
武市にとって龍馬は実はどうでもよい男だったとか。
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