近藤勇の自筆書翰の一部が欠落していたということ
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本日の共同通信発信の記事。
https://news.yahoo.co.jp/articles/bf618542f12c0b2269558bf59e7353825c7393a1
近藤勇書翰に沖田林太郎(総司の義兄)が帰郷する情報があったというもの。舌足らず甚だしい記事。
文久3年(1863)3月23日付。近藤が京都に来てまもなく記した書翰として有名なもの(とても長文で)。
だから新出ではなく既出のもの。しかし自筆原本が残っているにもかかわらず、沖田林太郎の消息を記した当該部分がなぜか切り取られていた。切り取る前に写し取られたものが確認されたものだった。意義深い。
それにしてもこの記事。年次や、沖田林太郎以外の部分は既出であるとか、原本のその部分が切り取られていたとか、必要不可避の情報がなんにも書かれていない。紙面の枠の都合があったのかもしれないが、最低記さなければならないことはあるはず。一定の枠を確保できる日に回すべきだったのではないか。緊急性のある話題でもないはずであるし(今日が沖田総司の祥月命日と意識したわけではないと信じたい)。
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