見落としていたことを求めて江州大津へ行ってきた
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昨日、江州大津へ取材。旧湊町の矢嶋藤五郎邸跡をさぐる。大津町の惣年寄を近世初頭から担っている。幕末、松平春嶽と縁があったため、政敵にあたる親長州浪士が同邸を襲い、主人を殺害しようとした。文久3年8月2日(1863年9月14日)である。矢嶋一件として『新修大津市史』当該巻に載っているし、『維新史料綱要』にも立項されている。周知の事件といえる。
ところが見落としていたことがあった。自身の関心に直結していた。というようなことを『週刊京都民報』に連載中の「龍馬、新発見」に書きだしている。詳しくは次週刊行号とそのつぎに。乞うご期待。なかなか天誅組に到達しない。
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