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2020.02.27

土方歳三の手紙を読む、講座決定

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「土方歳三の手紙を読む―映画『燃えよ剣』を斬る」

講師:中村武生

1. 歳三、浪士取立を知る―「御上洛御供として三拾俵弐人扶持ツゝ被下候」
2. 詳しくは近藤勇が申し上げます―「帰着不相成候ハゝ大慶と思召可被下候」
3. 芹沢鴨暗殺をどう理解するか―「報国有志と目かけ婦人しと(慕)ひ候」

4. 長州と敵対して―「君命有之候ハゝ速ニ戦死も可仕候」
5. 池田屋事件では何をしていたのか―「追々土方の勢馳付候故夫より召捕申候」
6. 長州勢、京都へ―「当月五日之戦功ニよって上様より御内意之趣」

日程:

1.4月18日(土)午前10時30分~12時
2.5月16日(土)午前10時30分~12時
3.7月18日(土)午後1時30分~3時
4.8月8日(土)午後1時30分~3時
5.8月29日(土)午後1時30分~3時
6.9月19日(土)午後1時30分~3時

受講料 ,300円1回・資料代含む)

6回連続申込みの方は、初回申込みに限り17,160円(6回・資料代含む)。お得です。

主催:京都新聞文化センター

〒604-8578 京都市中京区烏丸通夷川上ル京都新聞南館8階 ℡ 0752138141

kyoto-pd.co.jp/index_cult.php

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俊寛山荘跡碑を訪ねて洛東如意寺跡の入り口にたった

 去る2月24日(月)、花洛名勝図会をあるくで、鹿ヶ谷談合谷(1935年建立、俊寛山荘跡碑)、楼門滝に行って来た。初めて来てから33年、おそらく3回目。でも如意寺跡の一部と認識して立ち入ったのは初めて。各所に遺構と見られる石垣付の基壇が残っていて感激。

 現地をあるくに適切な参考文献として、梶川敏夫「京都周辺の山林寺院」(仁木宏・山田邦和編著『歴史家の案内する京都』所収、文理閣、2016年)をあげる。これによれば碑の地は俊寛山荘跡ではなく、如意寺楼門跡にあたる。山荘跡はそれより西にあった鹿谷門跡からさらに西にあったとされる。

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2020.02.16

コメントが載りました。朝日新聞。土方歳三、意外な姿見えてきた

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朝日新聞の記事です。

土方歳三、鬼の副長の手紙は代筆? 意外な姿見えてきた

中村武生のコメントも載っています。

https://digital.asahi.com/articles/ASN2G737NN2DULZU003.html

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戦国京都の堀を見て来たとか

2月15日のつぶやき

 ⑴京都府庁の発掘現場見て来た。戦国時代の堀遺構。1番気になったのは、三重堀のうち1番幅の広い堀3を掘るのに、先行する井戸の石組を破壊せず維持したこと。理解できない。何か見落としてるやろなと感じてる。担当さんじゃなくて、自分が。平安時代の右坊刻印平瓦、同礎石とかも出土していて、同時代の顕著な遺構はないんで何やろなという思い。出土地点はどこやろか。同時代の溝1やろか。表示なかったよね。

 ⑵明治維新期の京都府行政文書のくずし字が自由すぎてほんまに腹立つ。絶対同時代のもんもチッ何て書いてんねん、コイツとか思ってたはず。いや思って欲しい。

 ⑶京都駅のスパイシーマサラを知ったのちはココ壱番屋を食べられなくなった。前から食後の体の調子がよくなかったし。でもしょうがいないから食べてますけどね。近所に後者しかないから。

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2020.02.14

2020年2月13日のひとりごと、いろいろ。

昨日のひとりごと。

⑴くずし字解読を苦痛に感じている人がいる。あんなんパズルと思って楽しまな。苦行と思たらあかん。楽しめる範囲で毎日少しずつ。でも仲間とね。独学はかなりつらい。ぼちぼちしてたら、突然目がひらく瞬間がある。それまで続けてほしいなあ。

まずは仲間を見つけることかな。自治体主催のくずし字初級会とかに参加するとか。

僕もまだまだ読めない方やけど、始めたころの最悪な状態を良く覚えている。釈文を見ても本当にその字がそうなのか判断つかなかった。必要に迫られ独学で何とか進め、良く読める人に尋ねたりしてなんとか続けてきた。その後、会をつくって仲間と毎週読んでたら、突然何かが降りてきた。

⑵大河「獅子の時代」から40年、ついに秩父事件と向き合うことになる。て、たいそうな。『史料集成』全7巻買って、現地に行くだけさ。でもながかった。

飯塚森蔵がアイヌ集落ではなく、西国で生きていたというのは原典なんやろ。

卒論で無知を知り、修論で非力を知る。挫折感が強すぎて、 修了後1年研究を停止した。人文地理学会例会報告を任され、それで甦った。あんなことあとにも先にも1度だけ。結果としてよい経験したのだと、時間たってから知る。

鼻っ柱の強いものが1度以上の挫折感を得ることは良いことだという意味。

⑷山城の革島はおもろいよ。幕末まで力を維持して「志士」になり新選組に追われる。それが自家の信用できる史料で裏づけられる。

維新後の革島宛の品川弥二郎書翰に夏が来るとあの日を思い出すと甲子戦争を回想するのが味わいある。洛東霊山に埋葬されるのはそれゆえかと。山県も野村も伊藤も霊山には思い入れがあると思うけど、戦争に参加した木戸と品川は格別なんだろう。

今日の京都新聞文化センター土居堀講座は、鹿子藪、釘抜地蔵、姥ヶ寺ノ前町とか。1873年の開拓期。

うーん、ほんとに最近の土方歳三像、記事になるようだ。 ちまたの土方歳三像は、司馬遼太郎の小説で作られた架空のものをまるまるパクって広まっており、実像とは大いに異なります。 土方歳三書翰論したくなった。マジで。どこでしよか。

 

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2020.02.12

ブックオフで好みの論集買えた

 昨日、ブックオフ四条河原町オーパ店に珍しく自分向けのモノが多くあった。比較的安価だった。吟味して8,000円強使てもた。 野村玄さんの2冊目の論集、松倉文比古先生の古い論集を手に入れたのはとてもとてもうれしかった。

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2020.02.02

なぜ美濃大垣戸田家は長州毛利家の禁裏への進行を妨げたか

昨日の栄中日文化センター講座。ほとんどの大名家が長州毛利家の禁裏への進行を妨げず見過ごしたなか、なぜ美濃大垣戸田家だけ阻み敗走させたか分からない。旧稿では小原鉄心を中心に軍の洋式化に成功していたとは記したが、それは交戦の理由にならない。なぜ避戦しなかったのか。

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