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2019.06.03

有待庵移築保存につき、京都市への抗議文

 本日以下の抗議文を京都市に提出しました。

2019年6月3日

京都市長 門川大作殿

京都市文化市民局長 別府正広殿

京都市文化財保護課長 中川慶太殿

  特定非営利活動法人京都歴史地理同考会 理事長

  京都女子大学・大谷大学等 非常勤講師 

                    中村武生

大久保利通石薬師屋敷「有待庵」建物等の移築保存に関する抗議文

 私は去る本年5月21日付で以下のような内容の要望書を提出しました。

 有待庵建物等の保存につき、歴史的価値のある茶室移転の経験を有した専門業者が、費用の全面負担や技術の提供を申し出ている。この申し出は得難いことで、歓迎すべきことである。当該業者との話し合いの場をすみやかに設定し、開かれた場での保存措置が進められることを深く望む。

 当該業者とはご承知のとおり株式会社宮帯(代表取締役社長宮下玄覇氏)です。宮帯は、徳川前期、加賀金沢侯前田利常が小堀遠州に設計させ、鞍馬口通新町の旧後藤覚乗邸(擁翠園)に建設した茶室「十三窓席」(擁翠亭)を移築・再建した実績をもちます。宮帯第一秘書尾山淳二氏から原田良子氏を介して中川慶太市文化財保護課長に上記を申し出たのは、5月17日であったとうかがっています。ところが宮下社長や尾山第一秘書が、中川課長と実際に対面できたのは5月29日午後3時でした(縁あって私も同席いたしました)。すでに12日も経過しております。

 地権者から許された建物移築作業期間が6月3日から9日のあいだであることは、私は5月21日に中川課長から直接うかがっておりました。建物移築のためには事前に写真撮影、測量、作図などの作業を行わなくてはならないはずです。6月3日からその作業を行い、期間中に問題なく移築を完了するには周到な準備が必要と存じます。それにも関わらず6月3日のわずか5日前に宮帯の責任者と初めて会うというのは理解に苦しみます。

 もちろん宮帯以上の資力や技術を有する業者などがすでに同様の申し出をしていて、そちらがより良い仕事を遂行できるのならそれは望ましいことです。しかしながらそれを推し量る場を設けることなく、移築作業直前まで放置していたというのは怠慢のそしりを避けられないのではありませんか。

 5月29日の面談の場で、当日午前中に地権者から建物等を京都市に譲渡するという申し出があったとうかがいました。私は有待庵建物等が無事保護されるのであるなら、当面は民有・公有の是非を問うべきではないと存じます。

 しかし公有化された以上、市有地もしくは市管理地に有待庵建物等は移築されるはずです。5月31日付京都新聞朝刊が、可能性のある土地としてかりに挙げた3ヵ所はいずれも指定文化財等で、文化庁による現状変更の許可を得なければ移築できないはずです。6月9日以前にその許可が下りるとは考えにくく、同記事によれば、いったん建物は解体し「数年のうちの移築再建を目指したい」とありました。

 そこで注意すべきことがあります。建物を解体すれば古材は保護されるかもしれませんが、壁などは崩され再利用は困難になるということです。古材にとどまらず、壁等もふくめて現状維持し、後世に有待庵建物等を伝えるべきと存じます。

 これについて宮帯は建物を解体せず、そのまま移送する技術を持ち、またその用意があると聞きました。そのうえで宮帯が提供を申し出ている土地(民有地)に移動させるならば、有待庵建物は現状を損ねること僅少で維持することが可能でしょう。

 有待庵建物の構成要素のうち、古材以外の部位破棄の危険性のある処置を強行することは暴挙といえます。これでは有待庵建物を現状にちかい状態で後世に託すことはかないません。これを「保存」といえるでしょうか。私はむしろ「破壊」に等しい行為であると存じます。つよく抗議いたします。

 私は一企業の利に関わる者ではありません。近世前期の茶室移転・再建の経験もあり、資力もある企業の申し出を得難いものと理解しているにすぎません。しかしその企業の意思を無視し、閉鎖された場で「破壊」に等しい移築措置が決定され、実行に移されようとしていることに違和感をもちます。

 以上、すみやかに誠意ある書面による解答を求めます。

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