洛北市原、藤原惺窩居所をたずねた
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2016年11月28日(月)
いつもの「都名所図会をあるく」で、洛北市原(京都市左京区静原)をあるいた。
小町寺、厳島神社、藤原惺窩市原山荘跡碑を訪ねた。ほんとは更雀寺に参拝したかったのだけれど(もと壬生村に所在。文久3年2月、浪士組上洛のおりの宿舎のひとつ)、コースからはずれたため断念。コース設定の吟味が足りない。
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藤原惺窩居所跡は「都名所図会」に記載はないのだが、1970年の京都市観光課建立碑が建っているので(京都市教育会碑とセットで、市観光課建立碑にも関心があるため)、訪ねた。ほんらいの建立地から西へ100メートル動いているし、ほんらいの建立地が正確な惺窩居所を示したものか分からない(古井戸や堀があるように『京都市の地名』(平凡社、1979年)は記すが、同書刊行段階でそんなものが残っていたとは思えない)。
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途中、それに先立つ、1922年(大正11)建立の同旧蹟を示す道標を鞍馬街道でみつけた。それが写真。非常に味わい深い造形だったので、立ち止まって参観者と愛でた。
「惺窩先生幽栖址、従是西二丁」とある。当時、二丁(220mていど)先に「ここです」と標示したものが建っていたのだろうか。
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