池田屋直前の近藤勇書翰を読んだ
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2016年10月1日(土)、はれ
名古屋市中区の栄中日文化センターに出講。新選組講座。まだ新しい方が来て下さる。ありがたし。
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池田屋事件前夜、すなわち元治元年5月(1864年)までの長州の動きを中心に論じた。
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同年3月24日付の小島鹿之助・橋本道助宛と、同年5月20日、同じく小島鹿之助・橋本道助、および同日付中島次郎兵衛宛の近藤勇書翰計3通が存在する。これを読んだ。
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近藤の追いつめられているのが分かる。帰郷を求める病に臥せったという養父ら。それを言葉を尽くして制する。それでも在京しつづけているのは国防のため(「尽忠報告」)。が、京都にいることはもちろん、そもそも自分たちの存在意義に悩む。国防のためにいろいろ献策するのに全く取り上げられないことへの不満。で、老中酒井雅楽頭忠績(ただしげ)に新選組解散を視野に入れて訴えたことを伝える文書たち。
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この翌月、古高俊太郎が逮捕され、池田屋襲撃へ及ぶ。全くよいときに起きたものだ。
さて次回は古高俊太郎とは何者か、だ。
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