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2016.07.25

芹沢鴨殺害と有栖川宮接触について考えてみた

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 2016年7月24日(日)はれ
 外勤のない日。昨日の新選組講座の復習を。2013年9月16日の各紙に報じられた件。
「芹沢(鴨)は浪士15名を率いて」と記事にはあるのだが、あさくらゆう氏『新選組を探る』に掲載された写真によって、15名の具体的な名前が知れる。それを受けて「芹沢鴨は土方歳三・沖田総司・井上源三郎・原田左之助ら15名とともに」と記すとすれば、受ける印象が異なる。  
 その数日後に土方歳三・沖田総司らが芹沢を殺害するのである。有栖川宮に近づいたため会津容保が殺害を指示したというなら、土方や沖田らも同罪にはならないのかと感じる。土方や沖田は同行しただけというのはご都合主義というべきでは。すなわち現段階では有栖川宮に接触したことと芹沢暗殺はつなげない方がよいのではないかという感じ。
 誤解のないように。僕は芹沢は素行不良のみではなく、政治的対立によって殺害されたという解釈に好意的です。
 夜は奥さんの指示により、お好み焼きをつくる。お好み焼き(に含まれるキャベツ)を好まない娘がちゃんと二枚食べた。
 
2016年7月23日(土)はれ
 毎日文化センター大阪に出講。日本史講座は応天門の変、新選組講座は芹沢鴨殺害と天誅組の乱。
 おみやげは山科珉珉の餃子と唐揚げ。

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