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2016.06.26

仁明天皇朝から近藤勇の焦燥を論ずる

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2016年6月25日(土)くもり

 午後から毎日文化センター大阪に出講。高校日本史と幕末史の講座。前者は仁明天皇朝におきた承和の変。

 藤原順子と安祥寺、淳和上皇と後西院天皇の関係、文徳天皇と清和天皇が正統性を疑われたやろうなと両朝のいくつかの不思議な施策を紹介。まあ、国史編纂(仁明天皇紀だけの「続日本後紀」、文徳天皇紀だけの「日本文徳天皇実録」)、郊天祭祀、田邑陵への神代三陵構築などなんやけど。

 仁明天皇朝はいろいろおもしろい。清和の子陽成が失脚したあと、後継した光孝が仁明の子というのも示唆的。仁明朝の研究会発足指示して亡くなった角田文衛博士の慧眼にいまさらながら。

 後者は、鹿児島県歴史資料センター黎明館蔵「御花畑絵図」その後、「維新階梯雑誌」31冊発見と島田魁肖像の複数写真を報じた京都新聞記事の紹介、最後に八月十八日政変直前の近藤勇の立場(焦燥)について、同時期の近藤の上書を使用して論じた。

 ほんまは八月十八日政変どころか、芹沢鴨殺害をせないかんのやけど(天誅組もしてへん)、遅れまくり。しょうがない、報道にも配慮すべきやし、あとから見つかるいろいろ史料もあるんや。10月からも継続が決定しております。

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