町田明広博士と懇親した
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昨日、上洛中の町田明広博士(神田外語大学)と懇親。
久しぶりにきわめて濃密な幕末史論を展開。2人っきりだったので、誰に配慮なく、いろいろ語れた。天誅組もだけど、足利将軍木像事件もまとめるべきときだなと感じさせていただいた。
天誅組は「討幕」志向はあったかが議論になった。あったでよいと理解したが、しかしそれがそのまま「討幕の先駆」だという評価になってはならないという結論。
「討幕の先駆」といってしまうと、文久3年(1863)から慶応3年(1867)まで「討幕」意識が継続していた、大政奉還、王政復古、翌年の戊辰戦争まで継続した意識のように感じられる。そうではないという思いが強いので、天誅組の「討幕」と、実現したそれを分けて考えたいというわけ。
建碑したばかりの法雲寺(中京区河原町二条上ル)にも参拝された由。ここでも魅力的な提案があった。
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