指月伏見城の石垣・堀は常時公開しての保存を望む
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去る6月19日(土)、指月伏見城(京都市伏見区)の石垣・堀を拝見した。
位置をはじめ、実態不明だった同城が初めて姿を現した。
聚楽城から木幡伏見城(豊臣秀吉終焉地にして、徳川家康・秀忠・家光の将軍宣下の地)へ至る天下人の城郭技術の変遷を知るうえで極めて意義深い成果である。
同遺構が保存に向かっているようにいろいろ情報が入ってくるが、埋め戻すのか、公開性のあるものとするのか、いまだ不明。
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先年の聚楽城本丸石垣(京都市上京区)のように、埋め戻してしまえば事実上2度と見れない。当日来れなかった方、今後生まれる人達のためにも公開状態での保存を強く求める。
関係者の賢明なる判断を心より願う。
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もちろん国史蹟の指定が前提である。
いまだに聚楽城も伏見城も本体はまったく文化財指定を受けていない(ただし伏見城は石垣の一部が京都市登録史蹟)。他の都市なら考えられないことだ。
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