また拙宅あたりが輝いてみえたこと
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2014年11月25日(火)くもり一時あめ
午後から「日本の歴史、いま・あのころ」に出講。天智天皇の死と壬申の乱を講ず。
「日本書紀」の大海人皇子の吉野落ちのところを朗読する。同書は、蘇我赤兄ら天智重臣は、大津宮から吉野宮に下る大海人を宇治まで見送ったとする。
つうことは、近世的にいえば、奈良街道を南下したということか。奈良街道の位置が、古代と近世とさほど違いがなければ拙宅の至近を通ったということかと、いまさらながら驚く。
また拙宅付近が輝いてみえるようになったことだ。
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