摂津高槻で城と古墳をまなぶ
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2014年11月19日(水)はれ
なぜか午前4時起き。
朝イチで、京都女子大学に出講。2週連続巡検だったので、本日は座学。後白河天皇陵がなぜ治定に誤りがないといえるか、ということを話す。ようは同陵の情報が断絶しない、つまり史料の連続性だということを述べた。今回は教室内なのに、珍しく笑いがあった。ご感想ペーパーは3枚だけ。でも熱心な「いつもさん」ばかりだった。なるほど。
午後はいつもの中村ゼミだが、初めて巡検。高槻市に入る。
同市立しろあと歴史館で開催中の「戦国大阪の城-動乱の時代と天下統一」展の観覧。少し前、同館の芦原義行さんから図録と招待券を頂戴していただいていた。ありがとうございます。
で、本日は事務長の中西裕樹さんにご足労いただいて、展示の解説を2時間もしていただいた。誠に恐縮。興味深いお話の連続、笑いもあって、参加者、たいそう喜んでおられた。ご多忙のなか、ありがとうございました。
そのあとKさんの車で今城塚古代歴史館に移動して、同館の特別展と常設展を観覧する。そのあと同古墳を若干踏査する。2007年以来で、整備後初めて。子どもの数がとても多く、よい遊び場所ができたことと喜ぶ。禁止されている自転車などの乗り物を持ち込んでいることは閉口したが。あれでは展示物がすぐ痛む。
さらに阿武山古墳まであがる。こちらは25年ぶり。まあ、なんだか感じ入ることばかりだった。こちらは午前中とちがって、なぜ阿武山古墳は中臣鎌足の埋葬地といいがたいかというお話をした。
解説板が汚れていたので、参加者全員で拭き掃除。意外なほどきれいになった。
高槻駅そばに戻ってきて、懇親会。わざわざKさんがキリン一番搾り店を選んでいてくださっていた。ありがとうございます。
僕だけJR、あとの方々は阪急でお帰りになった。ご無事でお帰りになられたでしょうか。
睡眠不足のわりには、まあ持ちこたえた。
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