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2014.11.19

来年の建碑はどこにするか

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2014年11月17日(月)はれ午後一時雨

 午前中、いつもの「都名所図会をあるく」に出講。

 本日も嵯峨野。今回は長明神(たけのみょうじん)の社(跡)、西行法師の庵の跡、車僧の塚(跡)、京極黄門定家卿の山荘(厭離庵)、為家卿の墓、野宮などにまいる。長明神社や西行庵跡は、意外な痕跡に受講者さんが気づかれ感心する。

(午後は略す)

2014年11月18日(月)はれ

 午前中、NHK文化センター京都教室に出講。「花燃ゆ」関連講座。今回は吉田松陰の親友とされる、宮部鼎蔵を取り上げる。

 午後からキャンパスプラザ京都で日本史講座。本日も中臣鎌足埋葬地にこだわり、阿武山古墳(大阪府高槻市)はなぜ鎌足墓とはいいがたいかを述べる。今回天坊幸彦の所説を読み直したが、なんとか阿武山古墳を鎌足の墓と認められないかと苦心する地域へ思い深さに感じ入った。

 終了後、NPO法人京都歴史地理同考会の理事会。来月の総会にむけての打ち合わせ。来年の建碑は、吉田松陰や久坂玄瑞に関わるものと抱負をのべる。

 京都駅そばで関東の近代史研究者Y岡Tさんにばったり会ってびっくり。調査におこしの由。お連れさんがおられたので、一杯どうですかとお誘いできず残念。

 そのあと市五郎神社(洛中惣構の国史蹟指定地のひとつ)に参拝して、神主北村さんと少し懇談。

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