文久3年(1863)の話題ばかり
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2014年11月21日(金)はれ
午前中、くずし字研究会に出講。いつもの会津家臣日記は、文久3年5月20日条(1863年)。足利将軍木像梟首事件逮捕者を赦免するという情報を受けて、記主らは反対を表明している。このあと家里慎太郎の梟首や、姉小路公知暗殺などが話題となるのだが、それは次回以後のこと。
もうひとつの史料群は、年不明のもので特に重要なものでもなさそうだが、空海の書や菅原道真像が話題になっていたので取り上げた。次回は数少ない年次の特定ができるものを取り上げる。文久3年だな。
午後から天理大学へ。天誅組の乱を話題にする。1年生には難しかったかも。
次回は巡検予定。文久3年9月末、天誅組メンバーの一部は和州吉野郡から北上し、上街道を通って旧丹波市集落にちかづく。ここで追討側の町井治にみとがめられ逮捕される。この地が天理大学の至近なので、町井の回想を使って踏査するつもり。
なんだ、今日は話題がほとんど文久3年ばかりだったじゃないか。
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