名古屋で松陰の最後を話した
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2014年8月2日(土)はれ
まだ筋肉痛は残っている。
栄中日文化センターに出講。吉田松陰と久坂玄瑞講座。本日は松陰の死。留魂録やその周辺の書翰を読む。高杉晋作や飯田正伯、尾寺新之丞宛など。
飯田正伯はその最期がひどいので、松陰門下を語るときタブー視するむきがあるが、松陰の死の前後の活躍ぶりは、それをさしひいてもあまりあると思う。
あと松陰在獄中の牢名主沼崎吉五郎が留魂録を野村靖にとどけたエピソードについて、別ネタをふくめた述べた。それは最初に楫取素彦のところへ情報が届けられていた点。
これを指摘したのは、松陰研究の先人広瀬豊。
時期も野村がいう明治9年は記憶違いで、広瀬のいうように楫取日記に記される明治7年だろう。たんに譲られたのではなく、謝礼も含めてそうとうな金額で買い取ったというのが正しいのではないか。
古川薫さんが小説に取り上げておられるが、そのあたりは無視された。残念だ。古川さんは楫取素彦がかかわっていることをご存じなかったとは思えないし。
あ、本日は松陰の誕生日2日前(文政13年8月4日。グレゴリオ暦1830年9月20日)
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