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2014.04.01

将軍初参内に喜ぶ会津家臣

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2014年3月28日(金)

 くずし字研究会に出講。会津家臣日記を読んでいる。文久3年3月6日~7日(1863年)条。

 攘夷方針の決定を受けて、会津侯松平容保は在京浪士を組織し攘夷の先鋒として指揮したいと述べている。足利将軍木像梟首事件によって容保は浪士との対話をやめたという通説は事実ではない。

 今回は将軍家茂の初参内。天子統仁(孝明天皇)から「これまでどおり、征夷大将軍として外夷に対して(その備え)ますます精を入れよと、諸事を任せる勅命を受けたとして、

「誠にもって千秋万歳、めでたき御代になるぞ!とみなが万歳と言った」と記主は日記に書き、当人をはじめ在京の会津家臣は各所で酒盛りをした。記主は夜中まで大酔いした、とある。

 そんな単純ではないとわかるのはもっとのち。けれどこの日の会津家臣の喜びは記憶にとどめておくべきか。

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