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2014.04.18

龍馬の新出書翰発見の報に接して2日目

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2014年4月8日(火)はれ

 岡田有希子(佐藤佳代)さんの29回忌。

 朝起きて、すべきことあるのに、昨夜の龍馬の新出書翰(草稿)の翻読を続ける。今朝の京都新聞にも報じてあった。全体の写真が入っていたので、テレビ映像では見えなかった部分が確認できた。

 新講座「日本史、いま・あのころ」に出講。龍馬の書翰釈文(暫定)を配って、思ったことを話す。本題は「旧石器の発見」。喜田貞吉や浜田耕作が承認されなかったことを、どうして相沢忠洋が認められたかというところでタイムオーバー。

 終了後、ふたりのKさんとNPO法人伏見観光協会(Nさん)や伏見区役所地域力推進室(ふたりのTさん)に行って、いろいろ打ち合わせ。

 新伏見区長の久保宏さんにもお目にかかれた。2009年の京都新聞の連載「中村武生さんとあるく洛中洛外」をご覧いただいていたようで、こちらから申し上げてないのに語られた。光栄。

 さらに終了後、ひとりのKさんと藤本鉄石の京町大手筋の寓居跡そばで懇親。

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