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2014.03.31

三木城跡をあるいた

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2014年3月27日(木)はれ

 京都新聞文化センター「黒田官兵衛の城と合戦」講座に出講。

 本日は巡検。兵庫県三木市へ。昨年国史跡に指定された三木城跡のうち、本丸遺跡・二の丸遺跡、および羽柴秀吉陣所跡と考えられる平井山ノ上付城に行った。

 僕は10年ぶり。そのときは、三木市教育委員会の方に車で各付城跡を案内いただいた。当時国史跡を目指しておられた。それが実現して改めてうかがったので、感慨深かった。

 三木城跡本体から平井山まで、湯の山街道などをへて徒歩。参加者さん、よくぞ歩いてくださった。すごい。平井山ではやぐらが組まれていて、難なく三木城跡本体が見えた。とても工夫のされたこととやはり感心。

 ふもとの竹中半兵衛墓は、いつから認識されているのか気になった。今回の指定からも外されているし、当地にも来歴の解説がなかった。

 

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2014.03.30

安和の変をあるいた

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2014年3月26日(水)

 よみうり文化センター「京都の歴史をまなぶ」の巡検。

 今回は「安和の変」で、源高明の西宮(にしのみや)跡を歩いた(京都市中京区四条御前交差点の北東あたり)。

 実は西宮を検非違使が取り囲んだのは、安和2年3月26日(969年)で、本日と同一。タイムリーでした。かなりの雨のなかでしたが、苦情もなく、熱心なみなさんに支えられました。

 なお源高明邸たる西宮の位置が、平安京右京四条一坊十一・十二町となぜわかるか。

「宇治拾遺物語」巻十三「上緒ノ主金ヲ得ル事」などに、「西の四条(大路)よりは北、皇嘉門(大路)よりは西」とあるのと、北の町の源定がこれを買い取り邸宅を二町にした、それが「西の宮なり」という記述による。

 

 ついでに小野篁(おののたかむら)邸跡にも行きました。この根拠は「拾芥抄」西京図です。

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2014.03.29

基礎からまなぶ!日本歴史、最終回

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2014年3月25日(火)はれ

「中村武生の基礎からまなぶ!日本歴史」、本日最終回。第一次安倍晋三内閣で終える。2006年5月に開始したので、8年近くしていたことになる。ながいことありがとうございました。4月8日から、少し色を変えて、旧石器に戻ります。

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2014.03.28

洛東長楽寺をどう読むか

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2014年3月24日(月)はれ

「都名所図会」をあるくに出講。洛東長楽寺と知恩院。知恩院は途中で終わったので、次回につづく。

 長楽寺では拝観料をひとり1割引きにしてくださった。お気持ちうれしいです。ありがとうございます。

 現在の長楽寺は、明治に七条道場金光寺と合併したと解説されるが、「合併」のみではその実態が分かりにくい。

 観光をするうえでのことなのだが、看板は長楽寺で、宝物は七条道場金光寺という感じが理解しやすい。

 たとえば同寺宝物館で展示される一遍以下の時宗歴代の遊行上人木像には、時宗長楽寺の開基といってよい国阿がない。それはすなわち、ことごとく七条道場金光寺のものであることを示す。いやとりあえず、遊行上人木像に限らず、今回の展示品はすべて七条道場金光寺のもの。

 ちなみに現本堂は、市指定文化財だが、やはり明治に洛北西加茂の正伝寺からの移築。

 あと建礼門院に関するものは、伝安徳天皇御衣幡が存在するとはいえ、ほとんどが新しい。同御衣幡は平安から鎌倉時代のものとされるが、実態不明。

 使用された二種類の織物(経絣と平絹)のうち、経絣の一部に縫い目があるため衣服からの転用の可能性はあるものの、通常天皇の御直衣は綾で製作されるため、経絣と平絹が使用されることはない。ただし平絹を裏地に使う可能性は否定されない(京都国立博物館特別展図録『長楽寺の名宝』、2000年、57ページ)。

 収納箱は徳川前期に亡くなった織田長好(織田有楽斎の孫)寄進らしいが、実証できるのだろうか。

「都名所図会」に「安徳帝の御衣の幡は当寺の什宝也」とあるから、少なくとも安永9年(1780)までには存在している。金光寺から移されたものではない。

 建礼門院塔もそれ自体には何らの記載はない(しかもこれも明治に外から移築されたもの。付属の標石銘による)。寺社の由緒と現実の乖離をどう見るかを考えてみた。

 石造物でもいいから、少なくとも(頼山陽一族や水戸昭訓墓をのぞいて)近世にさかのぼれる何か長楽寺独自のものはないか探してみたら、入口近くに正徳2年(1712)銘のある手水鉢を見つけた。

 同銘によると、江戸の岡本(か)忠左衛門なる人物が寄付したらしい。「延命水」と正面に刻んである(樫田弘一さんの教示)。「当住八世宣阿」とあるが、これが長楽寺の方なのか、金光寺の方なのかはわからないまま。

 長楽寺は徳川時代にそうとう経済的に逼迫したらしい。浄土宗寺院の所属になり、幕末には七条道場金光寺の所属になった。維新後は金光寺の方が先に倒れたので、それを引き継いだわけだ(国史大辞典、京都市の地名など)。いま存在しているだけで奇跡かもしれない。

 とにかく「平家物語」ゆかりの名刹長楽寺の衰退に心痛めた。

 午後からは洛中研究室で日本史会。先日の旧城州紀伊郡堀内村で行った調査の動画をすべてお見せする。

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2014.03.27

佐久間象山暗殺をあるいた

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2014年3月23日(日)はれ

 幕末マニア巡検A班(新選組編)に出講。

 佐久間象山の嫡男恪二郎(三浦啓之助)が、父の横死後、新選組に入り仇討をしようとした。それにからんで佐久間象山横死現場を歩いてみた。

 なお新選組入隊については、会津家臣山本覚馬が強く勧めた。これは確実な話なのに、昨年のNHK大河ドラマ「八重の桜」では取り上げられなかった。惜しみてあまりある。

 横死当日、象山はまず三本木の西、禁裏の東にある山階宮晃親王邸に行き、そのあと富小路五条下ルの本覚寺に向かう。ここが象山の主君信州松代真田家の旅宿だから。弟子を訪ねた。なお主君真田幸教は12日前、京都に入り、仏光寺に陣している。本覚寺にはいない。

 その後、木屋町三条上ルに帰宅するが、その門前近くで襲われた。

 本日は、本覚寺から木屋町三条上ルまであるいた。ルートの復元はけっこうおもしろかった。途中各所で史料を読み、最後は「佐久間象山寓居址」碑の隣地の喫茶店で、新選組入隊後の恪二郎の史料などを読んだ。

 象山は死後まもなく真田家によって家が断たれた。その回復のためにも仇討は必要だったのだろう。なお明治3年2月22日に家は再興された。グレゴリオ暦にすると、1870年3月23日にあたる。すなわち今日。今日の巡検は、いわば佐久間象山名誉回復紀念だった。

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2014.03.26

御厨貴先生「権力の館」最後の研究会

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2014年3月22日(土)

 国際日本文化研究センター、御厨貴先生の研究会最終回に出席。「権力の館」を問うもの。たいへん広い視野をいただいた。ありがとうございました。得難い経験でした。

 終了後の打ち上げは、井上章一先生のジャズピアノコンサート。研究会外の方もお越しで。実はうちも奥さんを呼んだ。捧腹絶倒だった。ピアノはもちろんだが、曲と曲の間の語りが学ぶこと甚大だった。

 ありがとうございました。あとは報告書の原稿が課題。

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2014.03.25

野宮定功の言い訳と容保の気持ち

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3月21日(金)

 基礎からまなぶ日本歴史に出講。いつもと曜日がちがう。ラストツーである。小泉内閣が終わらない。

 そのあと、くずし字研究会に出講。会津家臣日記を読む。足利将軍木像梟首事件、つづいている。会津家臣が武家伝奏の野宮定功を屋敷に訪ねた。病として断ったのをごり押しする。

 いやいや出てきた野宮は、会津家臣から浪士を「正義の聞」えある者として釈放せよといったのは誰かと問われると自分は知らないと答える。

 あなたの名前で発令した朝旨を知らないということはないでしょうと反論されると、自分は最近出仕していなかったからと返答する。でも大事なことなので無視できないから、明日将軍家茂が参内するおり出仕して、事情を調べて返事をすると応じた。

 きわめて具体的なやりとりでおもしろい。このあと家臣たちは容保から呼ばれる。どんな処分でも受ける覚悟で黒谷にのぼると、私の気持ちだと酒の下賜が通達された。家臣たちは予期せぬことと喜ぶ。主従、よい関係である。

 終了後、摂津西宮に向かう。幕末マニア巡検A班常連のU木さんが帰郷されるので、そのお別れ会。同じく常連N等さんの店で。キリン一番搾りの大瓶を10本近く用意くださる。しかも80年代アイドルの顔写真プリントされて。お気づかいに感激した。

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2014.03.23

名古屋へ

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3月20日(木)

 某施設の半年分の支払いをする。10万円。けっこう大変。

そのあと名古屋へ。栄中日文化センター。日本の城と合戦、本能寺の変と山崎合戦。もう一度まなびなおそう日本史。今回は頼朝の死と北条氏の他氏排斥。比企の乱。途中、ちらちら伏見城跡調査の話も。

 奥さん夕方外出のため、大急ぎで帰京。お嬢と夕食してお風呂入れて寝かしつけてって、いっしょに寝入っただけ。奥さんがいつ帰ったかも覚えていない。

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2014.03.22

昨日につづき堀内村

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3月19日(水)はれ

 前日に引き続き、O学会事業に参加させていただく。本日は終日。本丸、松ノ丸、増田右衛門郭、二ノ丸、三ノ丸、石田治部少郭に立ち入る。細かいところでは金明水、銀明水を見た。僕は実測のお手伝いと掃除ていどしかできないが。

 二ノ丸中央部の円丘状の高まりが気になる。櫓台などとはちがうらしい。これらの解明には、明治期に存在した料亭金城閣の実態掌握が不可欠ではないか。

 午後7時、京都駅グランヴィアで某テレビ番組ディレクターの方と会う。2時間半もお話し。閉店までいた。5月放映予定のもの。

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2014.03.20

旧城州紀伊郡堀内村へ

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3月18日(つづき)

 午後、O学会の事業に参加させていただく。旧城州紀伊郡堀内村へ。昨年にひきつづき二度目。参加をお許しくださったK本先生に心より感謝。雨が降りそうで降らなかった。なんとありがたいこと。途中で天子睦仁さんお墓と改めて気づき、ひとり合掌。だって幕末史専攻だもの。

 終了後、旧伏見町大手筋京町(藤本鉄石伏見住居跡そば)でひとり懇親会。

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2014.03.19

つぎは吉田松陰の妹で

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2014年3月18日(火)くもり

 午前中、NHK文化センター京都教室に出講。幕末の京都・大坂講座。和宮降嫁からイギリス初代公使オールコックの大坂入りまで。最後のオランダ商館長の入京情報の可能性をイギリスの京都攻撃計画とからめて述べる。

 今回一旦最終回。来月からは吉田松陰の妹(杉文)講座を開始する。来年の大河「花燃ゆ」に向けての事前学習。

 午後からのことはまたいつか。

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2014.03.18

研究者を目指すのであれば

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2014年3月17日(月)やけにあたたかい日

 都名所図会をあるくに出講。だんだん所帯が大きくなってきた。今回も巻三。祇園社から東大谷、双林寺(西行庵をふくむ)、真葛原(跡)、安養寺をたずねた。このあたりの景観変化は尋常でない。東大谷でさえ安永9年(1780)といろいろ異なった。

 H・eさんが慈円墓とされる石造美術に感じ入った声。これを目的に来たと。先いうといてね。時間の都合で来なかった可能性も大だし。

 長楽館前で奈良岡聰智さん(京都大学)の政治家の別荘研究のご紹介。テーマと直接関係ないが、この話好きだし。関係ないといえば、三宅安兵衛遺志碑の話もした。双林寺旧境内の内外に4基も建っている。最近あたらしい方が増えたし。

 午後から洛中研究室でゼミ。下京の特異な染物屋さん主人の話をうかがう。

 そのあとは自身の学部以来の研究生活を思い出すシーンあり。研究者を目指すのであれば、好きな対象を研究するというのは危険です。できるものを選んで卒論にするのです。そのためには現在の研究動向の把握がまず求められます。

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2014.03.17

山科本願寺・寺内町再考に参加した

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2014年3月16日(日)

 平安京・京都研究集会主催のシンポ「山科本願寺・寺内町再考」に世話人の一人として参加した。

 午前中の巡検では予想をうわまわる、約45人の参加者があり、一般向けと研究者向けと2班に分けた。僕が一般参加者の案内を引き受けた。僕の方はかえって少人数となり、動きやすかった。

 1997年の「オチリ事件」(山科本願寺・寺内町第一郭南西隅の土塁破壊とそれにともなう保存運動)以来、山科本願寺・寺内町問題にかかわっている者として一言。

 最近は研究の停滞があったとはいえ、山科本願寺・寺内町研究会編で法蔵館から出した2冊目の著書(『戦国の寺・城・まち』〈1998年〉、『本願寺と山科二千年』〈2003年〉)の影響は大きく、遺蹟保護も大きく前進したことを実感した。

 もちろん今回のシンポおよびそれに至る準備会等で、今後の山科本願寺研究の可能性を強く感じた。まだまだされなければならないことが多いし、進むと思った。

 自身も晩年にちかづき、ひとつのことに長くかかわることの意義を常々感じるようになった。最後に自分があと何ができるか、考えずにはいられなかった。そんな一日。

 懇親会も参加させていただいた。とても楽しかった。安藤弥博士とはそのあとふたりでまた論じ合った。ほんとうにありがとうございました。

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2014.03.16

「三十三間堂之築地」とはなにか

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2014年3月15日(土)

 くずし字初級会に出講。徳川中期の「京都覚書」の異本を読んでいる。ある項目の蓮華王院(三十三間堂)の部分を読んでいておやっと思った。

 冒頭に「三十三間堂之築地御修復」とある。徳川時代の三十三間堂は広い大仏境内のなかの一堂舎にすぎないので、現在のような独立した四至を囲む壁はなかったはず(大仏境内と大仏殿=方広寺は別です。大仏殿=方広寺も大仏境内の一堂舎です)。

 ではこの「築地」ってなんだろう。

 すると考えられることはひとつ。現存する「太閤塀」、すなわち大仏境内の西・南を画する塀だろう。え、

 くどいが「太閤塀」は大仏境内を画する築地であって、三十三間堂単体のものではない。なのに「三十三間堂之築地」と呼ばれているわけだ。どういうことだ。

 いろいろ考え直さないといけないことだらけだ。何かを見落としている。

 現在の認識だけで古いものを見てはいけないし、古いことも画一的に見てはいけないということだ。いつもわかったような気になっていてはならん。戒め。

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2014.03.15

足利将軍木像梟首の逮捕者寛典要求への会津の反論

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2014年3月14日(金)

 くずし字研究会に出講。あいかわらず幕末会津家臣日記を検討中。文久3年3月6日(1863年)条。足利将軍木像梟首事件のその後を克明に叙述してくれている。

 事件参加者を逮捕したのに、武家伝奏2人(坊城俊克・野宮定功)が、「正義之聞有之」者だからすみやかに釈放せよという朝旨を政事総裁職松平春嶽に伝え、実行を迫った。

 これに春嶽は反論したが、会津家臣も同調し、少なくとも日記の記主と「仲ヶ間」18人・公用方7人以上がこの日、学習院に押し掛けた(後述『京都守護職始末』は40余人とする)。

 これに国事参政姉小路公知、国事寄人三条西季知・正親町公董・壬生基修・中山忠光が応じたが、即答をさけて後日返答すると述べるにとどめた。

 ここでの会津家臣の反論は激烈である。実に興味深い。

 なおこのあたり、山川浩編『京都守護職始末』(郷土研究社、1930年)66~68頁に記載があります。

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2014.03.14

雨のなか有岡城跡をあるいた

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2014年3月13日(木)あめ

 京都新聞文化センター「黒田官兵衛の城と合戦」講座の巡検で、兵庫県伊丹市の有岡城跡をあるいた。雨のなか、15人で。補助は吉田みどりさん。

 JR伊丹駅そのものが城郭跡。石垣を露出させた駅前公園は、実は城郭の北西隅でしかない。解説板にもそれを明示したものをみなかったような。「城跡は駅前」だという人が多かった。誤解をまねいているのでは。

 信長から10か月も城を守った「壁」、惣構の土塁と堀跡を雨の中みてまわった。崖線がそのまま残っているのでとてもわかりやすい。

 雨でなかったら全周するのだが、今回は南側はあきらめ。参加のみなさま、おつかれさまでした。

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2014.03.13

最近の中村武生の巡検・講座

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<現地をあるいてみましょう> ※特に記載なければ講師はすべて中村武生。

「都名所図会」をあるく―左青龍編(巻之三)

第28回 現円山公園あたり

本年3月17日(月)、午前10時~12時。

集合:京阪祇園四条駅南改札。午前10時までに。

行き先予定:真葛原()、双林寺、大谷(大谷祖廟)、安養寺、長楽寺など

雨天中止。千円。要別途拝観料。

※コースは変更する場合があります。

原則毎週月曜日の午前中。次回は3月24日()

 

中村武生とあるくマニアな幕末史蹟A班(新選組コース)

第6期最終回のご案内

新選組、佐久間象山の遺児を保護する(元治元年8月〈1864年〉)

 

<予定コース>本覚寺、佐久間象山終焉地、佐久間象山邸跡、東一郎捕縛地、妙心寺大法院(佐久間象山墓)など

 

日時:本年3月23日(日)午後1時~夕方

集合:京阪清水五条駅改札、午後1時までに

※参加費:2千円

※定員20名、※注意、要予約

※雨天決行

 

平安京の大路小路をあるく

第  回 平安京のまんなか、朱雀大路・その2

本年4月6日(日)午前10時~午前12時

集合:JR二条駅改札、午前10時までに

○小雨決行 ○参加費:千円(現地でお支払いください)

※朱雀大路跡(ほぼ現在の千本通)の六条坊門小路跡交点から、南へあるきます。

 

御土居堀をあるく―都市に埋没した城壁・環濠の痕跡をさがす

 ※豊臣秀吉期に構築された京都の城壁・環濠の跡地を1周しています

本年4月20日(日)午前10時~12時

集合:北野天満宮一の鳥居前、午前10時までに。

○予約不要 ○小雨決行 ○参加費:千円(現地でお支払いください)

 

<室内でじっくりまなびましょう>

中村武生の基礎からまなぶ!日本歴史<現代史篇>

小泉純一郎内閣」など

新聞に載った最近の日本史ニュースの解説も好評につき行います

日時:本年3月21日(金・祝)11時~12時10分

会場:キャンパスプラザ京都(4階第4講義室) 

(京都市下京区西洞院塩小路下ル東側。JR京都駅中央改札から西へ徒歩4分)

受講料:1回500円(会場でお支払いください)

 

次回以後は、最終回です。3月25日()12時50分~2時です。

 

4月8日()からは〈中村武生の日本史講座〉として再出発いたします。旧石器時代から始めます。

 

中村武生のくずし字初級会

 「京都の徳川時代をしろう」 

※実際にくずし字を読む演習です。徳川時代中期のデータブックといえる「京都覚書」の異本を読んでいます。初心者歓迎です。

日時:本年3月15日(土)午後2時40分~4時40分ぐらい

会場:キャンパスプラザ京都・4階第4講義室

受講料:1回1,000円(予約不要、会場でお支払いください)

持参するもの:鉛筆、けしごむ、原稿用紙、できれば『くずし字用例辞典』(東京堂出版)

 

幕末政治史の中の新選組-歴史地理的視点にこだわって(新選組の歴史地理改め)

第6回 姉小路公知暗殺事件(朔平門外の変)後の不穏のなか-文久3年5月~

 日時:2014年3月30日(日)午後2時40分~3時50分

 会場:キャンパスプラザ京都5階第3・4演習室(行き方は上記)

 受講料:1回1,000円(予約不要。会場でお支払いください)

 

少人数でまなぼう!中村武生の歴史学入門

開校中。原則毎週水曜日の午後2時から5時ぐらいまで(月3回)

会員制・限定5名ていど <入会費不要、月額1万円> 茶菓付

※少人数制ゆえ、細かな点までしっかり学べます。初心者、歓迎

現在『もういちど読む山川日本史』(山川出版社)を輪読しています。その他、くずし字の初級読解や、空中写真の実体視、地形図読解などを行っています。

会場:中村武生歴史地理研究室   ◎申し込みも同所へ。

 

※お仕事でお忙しい方へ朗報! 本年4月から日曜日に開校します。

少人数でまなぼう!中村武生の歴史学入門

原則月イチの第3日曜日の午後2時から夕方まで

会員制・限定5名ていど <入会費不要、月額1万円> 茶菓付

※初日は、4月20日()です。

※少人数制ゆえ、細かな点までしっかり学べます。初心者、歓迎

『もういちど読む山川日本史』(山川出版社)を輪読します。その他、くずし字の初級読解や、空中写真の実体視、地形図読解などを行います。

 

会場:中村武生歴史地理研究室   ◎申し込みも同所へ。

 

中村武生歴史地理研究室

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前田利常邸・細川忠興邸跡などをあるいた

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2014年3月12日(水)はれ

 あったたかかったですね。

 月イチ化している、「徳川時代京都の武家地をあるく」を行った。寛永14年(1637)洛中絵図をもとに、藤川昌樹さんのお仕事に依拠して。

 今回は禁裏の西、前田利常邸跡・細川忠興邸跡などをあるいた。いろいろ気づくこと大。

 午後から戻ってきて研究室でゼミ。郡邦辰さんに午前中のお話をすると、またいろいろ指摘あり。さらに知ること増える。あと大仏内の諸侯邸についてもいろいろ史料提示下さる。

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2014.03.11

女優田中美里さんと歴史秘話ヒストリア

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 本日は歴史秘話ヒストリアの撮影でした。秀吉と京都の2回目。

 NHK朝ドラ「あぐり」の田中美里さんがレポーターになられて、再収録でした。けっこうテレビ撮影はこなしてきたけれど、女優さんとは初めてだと思う。

 貴重な体験でした。ありがとうございました。放映は4月2日(水)4月9日(水)予定です。

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2014.03.06

【案内】井上章一氏のジャズピアノの夕べ

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「おはようコールABC」金曜日(朝日放送)でもおなじみの、井上章一さん(国際日本文化研究センター教授)によるジャズピアノの夕べ」が開催されます。

 「枯葉」、「星に願いを」などスタンダードをピアノソロでお届けくださいます。ワインやビール、軽食やおつまみの用意もあります。

 

 めったにない機会ですのでお越しになられませんか。

 要予約ですので、来場希望者は、お早い目に下記「赤おに」までご一報願います。

場所:国際日本文化研究センター、レストラン「赤おに」(京都市西京区御陵大枝山町3丁目2。電話075-331-9358)http://www.nichibun.ac.jp/ja/information/akaoni/index.html

日時:2014年3月22日(土)、開場午後6時30分、開演午後7時

主催:国際日本文化研究センター、御厨貴共同研究会

 

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2014.03.05

【シンポ】山科本願寺・寺内町再考

山科本願寺・寺内町再考

後援)日本史研究会

 

 1990代後半、土塁跡の保存運動の過程で研究が進んだ山科本願寺・寺内町(『戦国の寺・城・まち』法蔵館)については、近年、御坊中心部の様相が発掘調査によって解明されつつある。

 本集会では、真宗史、都市論の最新の研究成果とかみ合わせることで、越前吉崎、摂津大坂の間に位置する山科本願寺、ならびに最大規模の本山系寺内町の実態にせまりたい。

 

 2014年3月16日(日) 9:3017:30

【現地見学会】

  集合;930分 地下鉄東西線「東野」駅改札口

  見学;本願寺・寺内町跡発掘調査跡地、残存土塁、地形など

   ※雨天決行   12:00 解散予定

【研究集会】

  会場:ラクト山科(ラクB) 6F コミュニティルーム

 京都市山科区竹鼻竹ノ街道町  075-501-3377

 JR・京阪・地下鉄「山科」駅から徒歩5

 http://www.racto.jp/access/

 http://www.racto.jp/sportsplaza/community.php

 いつもの機関紙会館とちがいますので御注意ください。

13:30開始

  報告;安藤 弥氏(同朋大学、真宗論)

 「真宗史から見た山科本願寺・寺内町」

 

     柏田有香((公財)京都市埋蔵文化財研究所、考古学)

 「発掘調査成果から見た山科本願寺の造営と堂舎配置」

     大澤研一(大阪歴史博物館、寺内町論)

 「都市論としての山科」

 司会;山本雅和氏(京都市考古資料館)、仁木 宏氏(大阪市立大学)

   ※参加自由。但し内容は専門的です

   ※要資料代

 

 

  主催  平安京・京都研究集会

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雨天のため延期、徳川京都の武家屋敷跡をあるく

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本日の徳川京都の武家屋敷跡をあるくは、

〈雨天のため延期〉

します。次回は以下です。よろしくお願いいたします。

徳川京都の武家屋敷跡をあるく

※細川忠興・前田利常邸跡などをあるきます。

 

本年3月12日(水)午前10時~午前12時

集合:京阪電車「出町柳」駅、叡電口改札、午前10時までに

 

案内:中村武生(歴史地理史学者)

○予約不要 ○雨天中止 ○参加費:千円(現地でお支払いください)

 

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2014.03.04

【見学】祇園下河原、御土居堀

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〈現地をあるいてみましょう> ※特に記載なければ講師はすべて中村武生。予約不要

「都名所図会」をあるく―左青龍編(巻之三)

◎第27回<祇園下河原界隈>

2014年3月10日(月)、午前10時~12時。

集合:京阪祇園四条駅南改札口。午前10時までに。

行き先予定:下河原、安井観勝寺光明院(跡)、祇園社など。

雨天中止。千円。要別途拝観料。

※コースは変更する場合があります。

次回は3月17日(月)の予定です。

 

御土居堀をあるく―都市に埋没した城壁・環濠の痕跡をさがす

 ※豊臣秀吉期に構築された京都の城壁・環濠の跡地を1周しています

日時:本年4月20日(日)午前10時~12時

集合:北野天満宮一の鳥居前(京都市上京区馬喰町)、午前10時までに。

 行き先:御土居堀跡を南下します。

○雨天中止 参加費:千円

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2014.03.01

【見学】「薩長同盟」直前、ゆかりの地をあるいてみよう

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〈現地をあるいてみましょう> 

歴史的事件を同じ季節に体感してみる

1回 「薩長同盟」直前、ゆかりの地をあるいてみよう

 

※「薩長同盟」の日とされる慶応2年1月21日は、グレゴリオ暦の1866年3月7日にあたります。

日時:本年3月4日(火)午後1時~3時ごろ

集合:京阪電車「出町柳」駅叡電口改札(※叡電の改札ではありません)、午後1時までに

行き先:黒田了介寓居跡(西村安兵衛方)、大久保一蔵邸跡、西郷吉之助塔之段邸跡(付近)、二本松薩摩屋敷跡、小松帯刀御花畑邸跡(付近)など

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○案内:中村武生

 

○雨天中止 ○予約不要 ○参加費:千円(現地でお支払いください) 

 

主催:中村武生歴史地理研究室(京都市中京区)

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【見学】史料から陵墓をみる第1回

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〈現地をあるいてみましょう> 

史料から陵墓をみる

1回 桓武天皇陵(伏見区)

日時:本年3月6日(木)午後2時~4時

集合:近鉄「丹波橋」駅改札、午後2時までに

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○案内:中村武生

 

○雨天中止 ○予約不要 ○参加費:千円(現地でお支払いください) 

 

主催:中村武生歴史地理研究室(京都市中京区)

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