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2014.02.21

中村武生の2月16日から20日までの動向

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2月20日(木)はれ

 名古屋市の栄中日文化センターに出講。「日本の城と合戦」、および「もう一度学ぼう、日本の歴史」。

 前者は黒田官兵衛がらみで高松城水攻め。高松城水攻め前後の秀吉の書状を3通読むなどした。

 1通は『黒田家文書』(1巻)所収の官兵衛宛。「帰城」がどこか話題にした。同書は注で安土だとされるが、文意から姫路だろうと思った。あと「甫庵太閤記」の当該戦争の部分も読みました。

 黒田家譜の当該場所を、大日本史史料稿本のくずし字を教室で読もうと思ったが、とても時間が足りなかった。

 後者は義経の滅亡。元木泰雄さんの『源義経』(吉川弘文館)に多く依存した。

 口内炎ができた。なんでだろう。

2月19日(水)

 午前中、小堀遠州邸跡など、徳川時代前期の京都の武家屋敷跡をあるいた。寛永14年と寛永後万治前の両洛中絵図をもとにして。禁裏の北辺付近を対象にした。東福門院徳川和子邸によって形成された、平安京らしからぬ地割がいまだに生きていることのおもしろさなどを指摘した。

 午後からは洛中研究室でゼミ。『もう一度読む山川日本史』の輪読。今回は邪馬台国と古墳文化。

2月18日(火)はれ

 NHK文化センター京都教室に出講。松浦玲さんの書物を教科書に、幕末の京都・大坂史を紹介している。今回は安政大獄。

 基礎から学ぶ日本歴史に出講。いつもの先週の日本史ニュースは、あいかわらず新聞報道がつづく山本亡羊読書室所蔵文書のことなど。本編の現代史は、橋本龍太郎内閣から小渕恵三内閣まで。

 終了後、有志と懇親。

2月17日(月)はれ、一時小雨

 都名所図会をあるく(巻三、左青龍)に出講。今回は大仏正面通から伏見街道に入り北上、さらに渋谷街道から東行、清閑寺・清水寺を参拝した。

 午後からはNHK歴史秘話ヒストリアの撮影。昨年10月につづいて。

 今回は秀吉の京都改造について。僕は洛中惣構の土居堀2か所で撮影された。聚楽城は森島康雄さんや三浦正幸さんが登場されるらしい。

 本年4月2日(水)か4月9日(水)の放映予定です。

2月16日(日)はれ

「幕末政治のなかの新選組-歴史地理的視点を重視して」に出講。今回は文久3年5月。攘夷期限のあとの政治過程を紹介し、史料に現れる壬生浪士の行動を位置付けてみた。

 5月20日の朔平門外の変と壬生浪士をつなげる史料はないのだけれど、会津が犯人逮捕に動いている以上無関係であるわけもなく、同月22日の井上松五郎日記に、弟井上源三郎・沖田総司が立ち寄ったとあるが、絶対同事件が大きな話題になったはずと述べた。

 あと25日の浪士建白を読んだ。学習院、老中板倉勝静、守護職容保に充てたもの。諸外国への国交断絶の使者に自分たちを任命して欲しいと願っている。攘夷を行うための浪士集団として在京している以上、当然か。もちろん実現しないけれど。

終了後、理髪に行く。明日のために。

 

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