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2013.12.14

豊臣一族の屋敷跡じゃないのか

Bbauuzlcuaarkbd

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  本日、京都市伏見区桃山町鍋島の埋文調査地に行った(調査主体は、株式会社イビソク。http://www.ibisoku.co.jp/)。

 地名によって、伏見城下町時代、鍋島邸跡と考えてきた。

 近世の掘立柱建物遺構が3棟分検出した。志野・織部・美濃・唐津など高級陶器のほか、金箔瓦も若干だが出土していた。花模様のもので、何者の屋敷跡だったかは不明である。

 が、もし鍋島邸であったら、金箔瓦が存在していたというのは異例ではないか。金箔瓦は誰もが葺けるものではない。秀吉から許可された者だけと理解されている。残念ながら金箔瓦の出土地が攪乱層だったか否かは未確認。

 今回の調査地は、豊後橋通と大手筋の交差点という一等地の南東角である。北東角は豊臣秀頼の傅役だった前田利家邸で、もとは豊臣秀次邸だった。

 北西角は使えると判断した桃山キャッスルランド蔵絵図によって、豊臣秀俊〈のちの小早川秀秋〉邸)と判断している。

 今回の調査地は、鍋島ではなく、豊臣期にはかなりの有力大名、もしかしたら豊臣一族の屋敷だったのではないか。

(限られた情報での推定なので、今後の成果によって意見が変わる可能性があります。ご留意ください。)

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