« やっと地下鉄再開 | トップページ | 最近の中村武生のイベント »

2013.09.23

9月20日以後の中村武生

9月22日(日)はれ

※人気ブログランキングの順位の上昇にご協力ください。恐縮ですが、ご覧になられましたら右側の「人気ブログランキング」の部分をクリックしてください。

 幕末マニア講座(新選組編)・巡検に出講。

 本日は元治甲子戦争のつづきで、天王山に登った。前回淀川対岸の橋本渡舟場で終了したので、今回はまず山崎の渡船場跡に行き、橋本を遠望。

 その後、山城・摂津国境と関神社を拝し、ついで離宮八幡宮に参拝。妙喜庵の外観を見る。ここが真木和泉の居所だったことは、洛西吉祥院の小原家に残る真木のサインの記載でわかる。「離宮八幡宮傍、妙喜庵浜忠太郎」とある

(拙著『中村武生とあるく洛中洛外』(京都新聞出版センター、2010年、156頁の挿図をご覧ください。浜忠太郎は真木の変名)。

 このあと宝積寺から登山。石鳥居から真木らを墓参。どのようにして自刃したのが17人とされただしたかに関心があると伝えた。直後に報じた河上彦斎は24名と言っているのだ。それが誤りで、17人が正しいとされた根拠を示したものを知らない。

 おそらくは真木の指示で現場を離れ長州へ落ちた、大沢逸平(和田義亮)の情報によると思われるが、それが河上の情報以上に正確だといえるかどうか。

 六角牢屋敷で殺害された浪士たちの人数や具体的な人物名の混乱の件とあわせて、そろそろ緻密な検討が必要な時期にきている。

 そのあと京都駅前で有志と懇親。

9月21日(土)はれ

 午前中、「都名所図会をあるく」平安城編の休日版に出講。京都御苑をあるいた。あたらしい方が多かったので、ていねいな案内をこころがけた。

 午後からくずし字初級会に出講。こちらも少人数ゆえ、「門」と「内」の違いなど、誤読を一字一字説明できた。

9月20日(金)

 山科本願寺・地内町を考える市民の会の事務局学習会に参加。山科本願寺に関する研究論文を読んでいる。今回は安藤弥さんの担当。場所は洛東高校で、島田雄介教諭の配慮で山科古図洛東校本を生で拝見できた。次回は僕が担当になった。できるか。

 その後、山科駅前「珉珉」で有志懇親。

 

 

|

« やっと地下鉄再開 | トップページ | 最近の中村武生のイベント »