洛南東九条村で甲子戦争の話をするなど
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9月25日(水)はれ
朝イチ、京都女子大学に出講。石碑建立にともなう地域の歴史意識について、三宅安兵衛遺志碑をとりあげる。前週のコミュニケーションカードを持参し忘れる。
午後、よみうり文化センターに出講。京都の歴史を初歩からまなぶ講座。今回は陽成・光孝・宇多朝。とくに陽成廃位問題にこだわった。瀧浪貞子さんの成果を使わせていただいた。二日前の河原院をひきずって、言わんでいいのに、源融も陽成後継をのぞんだという「大鏡」ネタを紹介。そのあと京都駅改札前で有志懇親。
さらにそのあと、花園の整骨院で治療してもらう。
おみやげはケンタッキー・フライド・チキン。
9月24日(火)はれ
昼から基礎からまなぶ!日本歴史に出講。本日は自由民主党結党(1955年〈昭和30〉)と日ソ共同宣言。いつもの日本史ニュースは、芹沢鴨殺害理由の新説、続報。台風18号被害対策、続報など。
夕方5時から、南区東九条の長谷川邸(国登録有形文化財)で、第一回東九条研究会。僕がスピーカーで、「元治甲子戦争(禁門の変)と東九条村-会津・新選組の動向」を話す。
元治甲子戦争は禁裏周辺のみの戦争ではなく、広域のものであること、それゆえ「禁門の変」なる呼称は大きく問題であること、その開戦の場が東九条の東隣地深草村だったこと、そのため地域一帯が戦場と化したこと、東九条村の民家が会津勢新選組の陣所に使われたこと、長谷川邸建物がその遺構のひとつであること、それを裏付ける絵画を含む史資料が2点以上残されていること、昨年の熊本県での西南戦争遺跡の国史跡指定の動向をかんがみ、長谷川邸を甲子戦争遺跡のひとつとして位置付けるべきこと、もちろん東九条村の意義は同戦争にとどまらず、もっと広く意義を考えてゆくべきことなどを述べる。
多くの方がおいでで驚く。当初は座談会ぐらいのイメージで始めたはずだったから。終了後、整骨院に行くつもりだったが、予期せず時間がすぎていたので、あきらめる。
9月23日(月)はれ
久しぶりの都名所図会をあるく平安城編に出講。ずっと雨続きで延期ばかりしていた。五条寺町附近をあるいた。地域がいかに源融の河原院跡伝承を受け入れているかを述べた。「塩竈」ネタがおおすぎましたからね。
午後からひさしぶりの天理大学出講。8か月ぶりは、いろいろ商店街の変化を感じる。あ、なじみの古書店のレジに教え子さんがいて(女子)驚きました。声をかけられてきづいた。
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