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2013.04.29

【講座】龍馬の歴史地理、大政奉還を聞いた場所

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次回の「坂本龍馬の歴史地理」講座のお知らせです。

 2013年5月12日(日)午後2時40分~3時50分です(キャンパスプラザ京都5階第3・4演習室、予約不要、千円)。

 第16回「大政奉還を聞いた場所」です。慶応3年10月(1867)、龍馬は京都で大政奉還を聞きます。その場所はどこだったのでしょう。酢屋嘉兵衛方でしょうか。近江屋新助方でしょうか。

 エンディングがちかい。第18回が最終回です。ようやく居所表が完成しますね。

 なお「龍馬の歴史地理」のあとは、「新選組の歴史地理」の予定。近藤勇、土方歳三、井上源三郎、永倉新八、島田魁ら、個別に扱うつもり。

 史料が少ないし、動きがあってもほとんど京都・大坂の行き来なんだが、地理意識をもつと新たな認識がうまれるだろうと期待できる。

 よろしくお願いいたします。

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2013.04.26

新選組が探知した20ヶ所候補をあるいた

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4月25日(木)はれ

 京都新聞文化センターの巡検に出講。会津と新選組講座の「池田屋事件」。

 いつもとちがうことをした。池田屋をふくむ、一会桑・奉行所・新選組らが襲撃したことが確実な場所(あるいは長州がアジトに使っていたことが確実な場所)を訪ねるというもの。新選組は池田屋襲撃当日までに二十カ所のあやしい場所を確認できていた。その候補地をあるくというわけ。コースは以下。

 京都新聞文化センター→大黒屋今井太郎右衛門邸跡→水口加藤家の「高倉の下陣」跡(安東鉄馬居所)→俵屋清兵衛の居所→(明治時代の大黒屋今井太郎右衛門邸跡、古聖堂跡)→河原町長州屋敷跡→対馬屋敷跡→池田屋跡→豊後屋跡→三縁寺跡碑→小川亭跡→魚品跡(木村甚五郎逮捕地)→祇園中の町(近江屋きん方跡)→宮川町一丁目(近江屋まさ方跡・吉岡庄祐終焉地)→宮川町二丁目(小倉生満方跡、佐藤一郎逮捕地)

泉屋重助方跡、丹波屋次郎兵衛方跡、桝屋喜右衛門(古高俊太郎)方跡に行き損ねた。さらに可能なら曙(明保野)亭跡、水口加藤家の「瓦町の下陣」(瓦屋五郎兵衛方、坂本龍馬・北添佶摩居所)跡にまで行きたかったが、タイムオーバー。

 終了後は、松原通の「水茶屋」で一部の受講者と懇親。

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2013.04.25

陵墓と機密の一日

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4月24日(水)くもりときどき雨

 午前2時30分、起床。それを徹夜というのだ、はあたらない。

 寝かしつけのまま、昨午後10時ごろ寝ていた。4時間以上は寝ている。

 事務作業と講義など予習。某拙著(幕末史)にふれる間なし。

 午前8時50分、京都女子大学(歴史地理学)に出講。鳥辺野を中心とした陵墓論を展開。後白河陵まで持って行き、次回は法住寺殿へ。「よいもって行き方」と自己満足。

 講義終了後、校舎で梅田千尋博士とばったり。「東京からこの講義のために来ておられるのですか」と尋ねる。梅田博士は東京大学史料編纂所特任准教授だったはずだから。

 すると本年から本学の専任になられたとうかがう(文学部准教授)。知らなかった。最近の住所をお伝えしてなかったから。おめでとうございます。

 午後1時から、よみうり文化センター京都教室に出講。「平安京・京都の歴史をまなぶ」。仁明天皇朝と藤原良房兄弟姉妹の話。

 仁明天皇の女御である藤原順子(のぶこ、良房の姉妹、文徳天皇生母)を主人公に安祥寺をとりあげ、その下寺の復元・その陵墓の位置の解明へもっていく。

『皇太后の山寺』(柳原書店)などにおける吉川真司博士や山田邦和博士など、および洛東高校(山科区)の「地歴甲子園」における成果(島田雄介教諭指導)を活用させていただく。

 安祥寺が洛東宇治郡(山科醍醐地区)にいかに重要な存在かをのべたつもり。そのカギがそれを開いた藤原順子だというわけ。

 JR二条駅そばでみつかった平安時代前期の邸宅跡は、藤原良相(よしみ)の西三条邸である。良相は良房の兄弟である。あの先駆的な「ひらがな」を多数墨書した土器が出たことで大きくメディアに紹介された遺跡である。

 そこで「西三条院」と記した墨書土器も出たため確定できたのだが、「亭」などではなく「院」とあったのは皇族の居所であった証拠。

 西三条邸には皇太后藤原順子が行幸し滞在している。そのゆえの「西三条院」だろう。つまりあの遺跡も藤原順子がらみ。そんなお話しをする。

 ちなみに藤原順子や良房のもうひとの兄弟良門の子が高藤(つまり甥)で、その妻の実家が勧修寺となり、孫醍醐天皇が醍醐寺を勅願とする。山科盆地の北部・南部の有力寺院は、すべてこの順子とその周辺から生まれるわけだ。そんなおもしろさ。旧山科郷に住んでいる僕ゆえの視点。

 次回巡検は、仁明天皇陵やその陵寺、嘉祥寺(伏見区深草)にしたのだが、藤原順子陵や安祥寺など(山科区安朱)の方がよかったなと反省。でもいつか行きましょう。

 受講者有志とJR京都駅ビルの「孫兵衛」で少し懇親。

 そのあとコーヒー店で某拙著(幕末史)の執筆。うとうとしつつも健闘。

 午後7時から某研究会・某講演会・某図書出版の会議に出席。N博士、Y博士と。

 本日は寝かしつけに間に合わず。

「某」が多いな。機密なのだ。

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2013.04.22

第4回聚楽城の連続講演会がありました

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 昨日、聚楽城(聚楽第)の連続講演会がありました。

 横田冬彦さん(京都大学)と中井均さん(滋賀県立大学)が登壇くださいました。たいへん興味ぶかい内容で、主催の立場ながら、これが(最低)500円で聞けるってなんて贅沢!!と心で叫んでおりました。

 写真は横田さんの講演の様子です。下は外部から聚楽への入城コースを復元しておられるところです。

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次回は5月19日(日)午後1時~4時ごろ、聚楽会館(上京区中立売堀川西入ル北側)、講師は、河内将芳さん(奈良大学)・中西裕樹さん(高槻市立しろあと歴史館)です(既報)。

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2013.04.21

【講座】坂本龍馬の歴史地理―その居所をさぐる

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○坂本龍馬の歴史地理―その居所をさぐる

龍馬、最後の帰郷―慶応3年9月(1867)

日時:2013年4月28(日)12時50分~2時00分

会場:キャンパスプラザ京都・5階第3演習室

講師:中村武生(歴史地理史学者)

受講料:1回1,000円(予約不要。会場でお支払いください)

主催:中村武生歴史地理研究室

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【見学会】御土居堀跡をあるく

○御土居堀を考える市民講座・見学会

御土居堀跡をあるく

日時:2013年4月27日(土)午後1時

○集合:地下鉄「京都市役所前」駅改札

○行き先:二条河原町から北の御土居堀跡をあるきます。

講師:中村武生(歴史地理史学者)

受講料:11,000円(予約不要。集合場所でお支払いください)

※雨天中止

参考文献:中村武生『御土居堀ものがたり』(京都新聞出版センター、2005年)

主催:御土居堀研究会(中村武生歴史地理研究室内)

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2013.04.15

本年5月の聚楽城講演会のお知らせ

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 好評の聚楽城(聚楽第)の意義を考える連続講演会の5月分が決まりました。

 19日(日)午後1時~4時ごろ、

  河内将芳さん(奈良大学、中世史)「聚楽第がつくられた京都と大仏」(仮)

  中西裕樹さん(高槻市立しろあと歴史館、城郭史)「城郭史における聚楽第の意義―中世の館から近世城下町へ―」

 会場はおなじく聚楽会館(京都市上京区中立売堀川西入ル北側)です。

 予約不要、カンパ要(500円以上)。

 どうぞお越しください。

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2013.04.12

かれんさん著『新選組美男五人衆』を拝読

 かれんさん著『新選組美男五人衆』(小学館、プチコミックフラワーa、2013年4月)を拝読した。たいへんおもしろかった。気になる点・いいたい点はあるんだが、それも含めてたいへん良い刺激になった。いまこの時期だし。続編が楽しみだ。最後に僕やH恵M子さんの名前が出ていて驚いた。感謝。

 某文化センター新選組講座でかれんさんがどなたよりも熱心な意味が、本作を拝読してわかる気がした。直接お仕事に大きくかかわるからですね。美しいです。

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聚楽城、署名4562人分を提出しました

 本日、京都府文化財保護課に出向き、府知事山田啓二さん宛の聚楽城(聚楽第)本丸跡南辺石垣の保存・活用を求める署名4562人分を、磯野浩光文化財保護課長さんに託しました。

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 ご協力くださった多数のみなさまに心より御礼申し上げます。 

 活動はまだ続きます。

 まずは今月14日の講演会です。そろそろ超満員が見込まれますので、早めにおこしください。

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2013.04.08

竹中友里代氏、藤田英昭氏より玉著・玉稿を賜る

 以下の玉著・玉稿を拝受いたしました。記して御礼申し上げます。

○竹中友里代さんより

『城陽市域の地域文化遺産―神社・街道の文化遺産と景観―』(京都府立大学文化遺産叢書第6集、菱田哲郎編、京都府立大学文学部歴史学科、2013年3月)

※竹中友里代氏「南山城における養蚕・製糸業と長池柞蚕製糸工場」が所載されている。この玉稿で僕が気になってしょうがない城南八幡の郷土史家西村芳次郎とその家族に言及がある。西村は三宅清治郎の建碑の最大協力者である。僕の仕事が遅れまくっているなか、竹中さんはつぎつぎと成果をあげられている。頭があがらない。

○藤田英昭さんより

同氏「「森川家文書」所収の江戸城「御本丸御奥方御絵図」について」(『千葉県の文書館』第18号抜刷、2013年3月)

※下総の大名森川氏に伝来した、徳川家光期の江戸城大奥の絵図に関する研究。従来しられていた江戸城本丸御殿絵図よりさらに古いものと位置づけられた。描写内容の検討から、家光御台所鷹司孝子の居所にまで言及しておられる。空間論から政治史や人物の動向に接近するという手法が興味深い。

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岡田有希子の28回忌

 本日は岡田有希子(本名:佐藤佳代)さんの28回忌です。存命なら45歳でした。記して回想します。

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2013.04.05

宇多天皇陵に行った

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2013年4月3日(水)はれ ※1984年、荻野目洋子レコードデビューの日

「天皇陵をあるく」を実施。ひさしぶりにほんとうに「天皇陵」へ。

 午後1時、嵐電宇多野駅に集合。主題は宇多天皇陵だが、ちかいので以前に廻った光孝天皇陵に立ち寄る。

 宇多天皇陵、予想外に行きやすかったというのが素直な感想。 

 そのまま円融天皇火葬塚へも廻り、そのまま龍安寺裏に出る。一条天皇・堀河天皇陵、禎子皇后陵、後朱雀天皇・後冷泉天皇・後三条天皇陵もすでに廻っていたが参拝。

 少人数だったのと、初参加の熱心な大学生Kさんがおられて少々念のいった会になった。この間、10本(既知は1本)の皇陵巡拝会道標に出会う。1回分としては、これまで最高の数。龍安寺門前に降りてきたら5時すぎていた。

 帰宅したらすでにお風呂中で、夕食あとまわしでお風呂あがりのお世話をして、寝かしつけの「いやいやえん」読みをして、ようやく奥さんと交代して、そののちやっと軽い夕食。3日ぶりのビール。

 その後、疲れ果てるまで某誌への寄稿「幕末会津史のなかの新選組」に関する小論に立ち向かう。

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2013.04.02

4月2日の中村武生

2013年4月2日(火)小雨

 基礎からまなぶ日本歴史に出講。本日から12時50分開始に時間変更。

 本日の時事は、竹本座跡碑に大型パネル(解説板)設置(大阪市)、内裏に匹敵・光仁天皇離宮区画か・平城宮跡に幅6メートル回廊(奈良市)、紙屋川砂防ダム内住宅密集・立ち退き視野・府が対策(京都市北区)、なじみの肖像画〝別人〟実教出版の日本史B教科書などをとりあげる。

 本題は、第二次世界大戦に突入。汪精衛グループの南京「還都」、北部仏印進出、日独伊三国同盟の史料を読む前に時間がくる。

 終了後、ながく闘病をしておられた巴和子さんがやってこられて茶話会。病み上がりと思えないぐらい元気で安心する。

 奥さんがひとりで子守りをしているので急いで帰る。ケンタッキーフライドチキン4ピースと「めばえ」5月号がおみやげ。

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