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2013.01.28

御土居藪と角倉家

 去る1月26日(土)午後、桂坂の国際日本文化研究センターの森洋久さんの班(角倉プロジェクト)で、「御土居藪と角倉家」という報告をさせていただいた。

 徳川時代の御土居堀については、一般向けの拙著では広くふれたが、論文としては過去に小さいもの2つしかまとめていない。語るべきことが多すぎる御土居堀のなかでも、徳川時代はほとんどまともに論じられているとはいえない。

 最近、幕末政治史に研究の比重が大きく傾いているので、結果として今回の機会をいただいたことは実にありがたかった。

 徳川270年の治世のうち、角倉家は五代(与一玄恒(はるつね)、玄懐(はるかね)、玄篤(はるあつ)、玄義(はるよし)、玄寿(はるなが))、120年にわたって御土居藪の「支配(奉行)」を仰せつけられた(寛文9<1669>~寛政3年<1791>)。

 京都代官や高瀬川・過書舟支配も命ぜられた角倉家の御土居藪「支配(奉行)」を考えてみた。(つづく)

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