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2012.05.04

「倭城」大手口の階段規模に感激

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 大韓民国・巨済島、「倭城」跡の踏査3日目(「倭」は大陸・半島の日本に対する蔑称だから、日本人が「倭城」というのはどうかと思うのだが、すでに歴史用語化しているので)。

 本日は、長門浦(チャンムンポ)城と、松真浦(ソンジンポ)城跡。

Dcf_0861

 上は長門浦城跡の本丸天守の石垣。長門浦城は2地域に曲輪をもつ。本日は昨日と異なり、縄張り図を描くことをやめ、多く見ることにしたので、短時間に両曲輪を歩きまわる。

 午後から松真浦城跡。一気にまず頂上にある本丸まであがり、他の曲輪へ下っていく。

 なんとなく疲れが出だしていたところで、最下部近くの大手口の階段の痕跡にきづき、目が覚める。今踏査最大の感激をした。

 何とかっていう距離を測る機会で幅約5間(8・8メートル)とわかった。両側の石垣列も残っている。幅約5間をはさむ大手門ってどれだけでかいんだろう。その直下がもう海岸。海から巨大な大手門が見えただろう。想像してゾクゾクした。下の写真はそれ。

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