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2012.05.30

【ご案内】天皇陵をあるく

「天皇陵をあるく―皇陵巡拝会道標をたずねて」のご案内

次回は、本年6月6日(水)午後1時からです(~3時ごろ)。

行き先:光明天皇・崇光天皇陵、後崇光太上天皇陵、伊予親王墓(京都市伏見区)

集合場所:JR奈良線「桃山」駅改札

参加費:千円

※予約不要  ※雨天延期

※次回は、本年7月4日(水)午後1時~3時

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2012.05.29

京都・1970年4月1日

 1970年(昭和45)4月1日などの古新聞が奥さんの実家の旧家から出てきた。

 大阪万博まっただなか。それが京都観光にも影響が出ている。

 たとえば清水寺の観光客が激増して地域が混乱している。

 市公社の清水坂観光駐車場が観光バスで満車状態がつづいている。多い日は観光バスが300台を突破。

 そのため駐車場の進入口にあたる東山五条交差点付近は、駐車場の空きを待つバスが数珠つなぎ状態で、その整理のため所管の松原警察署員が交通整理に追われて悲鳴をあげている。

 ちなみに同駐車場の収容力は、観光バス70台、一般車50台。別に駐車場を作らないと交通マヒは無くならないと松原署員。

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2012.05.27

また古高俊太郎にこだわって歩いた

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 本日、また古高俊太郎三昧な巡検を行った。

 超マニアなのに、ちゃんとそれなりの参加者がいる。まったく恐れ入る。

 大津代官所跡、石原正美墓(本長寺)、山科毘沙門堂を訪ねた。

 集合場所は、JR大津駅(滋賀県大津市)。

 大津代官所は、古高俊太郎の父周蔵の勤め先。拙著『池田屋事件の研究』(講談社現代新書、2011年)で紹介しながら、原文引用できなかった史料を多数レジュメに掲載し、現地で読んだ。「県令集覧」とか。

 同代官所は、豊臣期まで存在した大津城の本丸跡。現地に大津城跡の表示は2カ所あるが、代官所跡を示したものは皆無。とんでもないことだ。

 石原氏は、江戸後期以後の大津代官。正美はその最後の人で、古高周蔵が仕えた正修の子息にあたる。本長寺には、なぜかその石原正美の墓碑のみ存在する。お寺の方に案内を願って、やっと見つけた。

 同じ大津代官でも、初期の小野氏のものは大きな板碑ですぐわかったのに。

 ここから京阪電車に乗って、京都市山科区へ移動。ほんとうは徒歩で越境したかったのだが、参加者全員に反対された。

 毘沙門堂は、もと洛中寺院(寺町今出川上ルあたりに所在)。近世前期に徳川家の意志で洛東安祥寺の土地を摂取して移ってきた。

 「都名所図会」の毘沙門堂の挿図を片手に、現境内を歩きまわった。近世中期からほとんど景観が変わっていない。すごいこと。

 移動直後の建物も残り(本堂など)、古高周蔵・俊太郎父子が毘沙門堂を訪ねたことがあったとすれば、もっとも父子を感じれる場所といえる(古高父子は、内裏近隣の里坊に仕えているので、ふだんは洛中にいる)。

 次回は本年6月24日(日)です。超豪華版です。よろしくご参集ください(詳細は↓)。要予約。

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2012.05.25

【募集】池田屋事件巡検

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中村武生とあるくマニアな幕末史蹟A班―新選組編 のご案内

第3期 <池田屋事件特集>

5月27日(日) 第2回 古高俊太郎とは何者か・その3<周蔵・俊太郎父子の拠点>

<予定コース>大津代官所跡、(京阪電車で移動)山科毘沙門堂など

集合:JR大津駅改札

6月24日(日) 第3回 池田屋事件・その1 ※いつも以上に健脚向き

<予定コース>桝屋喜右衛門・大高又次郎方跡⇒宮川町遊郭跡(吉岡庄祐・近江屋政終焉地、野老山吾吉潜伏、内山太郎右衛門捕縛地)⇒祇園町会所跡(一・会・桑集合地)⇒魚品跡(木村甚五郎捕縛地)⇒小川亭跡⇒三縁寺跡⇒瑞泉寺(大高又次郎墓伝説地) ⇒彦根屋敷跡⇒四国屋跡⇒池田屋跡⇒対馬屋敷跡(桂小五郎脱出地)⇒加賀屋敷跡⇒長州屋敷跡⇒角倉屋敷跡(望月亀弥太終焉参考地)⇒塩屋兵助方伝承地(吉田稔麿ゆかりの地)⇒桑名「御人数出張所」⇒誠心院(吉岡庄祐墓)⇒西念寺跡(西川耕蔵墓跡)

集合:京阪電車祇園四条駅中央改札

7月8日(日) 第4回 池田屋事件・その2 ※池田屋事件の日(現暦)に変更しました

<予定コース>桑名千本屋敷跡⇒古高俊太郎父子墓(福勝寺)⇒池田屋惣兵衛墓(浄円寺)⇒西町奉行所跡⇒一橋慶喜邸(若州屋敷)跡⇒見廻組屋敷跡

集合:地下鉄烏丸線北大路駅南改札 ※移動に市バスを使用します(料金別途要)

8月26日(日) 第5回 池田屋事件・その3<明保野亭事件>

<コース>山田虎之助寓居跡⇒梅田雲浜・大高忠兵衛墓(安祥院)⇒明保野亭跡伝承地⇒吉田稔麿・杉山松介・野老山吾吉埋葬地(霊明神社)⇒土佐河原町屋敷跡⇒麻田時太郎墓⇒大高忠兵衛寓居跡

集合:京阪電車清水五条駅改札 ※拝観料など別途要

※集合時間は午後1時。~3時ごろ(延長することがあります)

※参加費、1回2千円

※定員20名、予約要(メールアドレスへご連絡ください)

※雨天延期。

※無断欠席、および当日の欠席ご連絡のおりは、参加費全額頂戴する場合があります。お気を付けください。

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主催:中村武生歴史地理研究室

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福原京域をあるいた

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 2012年5月24日(木)、京都新聞文化センターの巡検で、山田邦和博士案の福原京域(兵庫県神戸市)をあるいた(同博士『日本中世の首都と王権都市-京都・嵯峨・福原』、文理閣、2012年3月)。

 神戸大学医学部付属病院敷地で見つかった二重堀により、飛躍的に福原京復元研究は進んだ。

 堀は保存運動が展開され、破壊を免れている。地表面に遺構を露出させているとは思っていなかったが、やはりその地に立ってみましょうということで、行ってみた。

 するとちゃんとカラーの写真・地図入り解説板が立っていて感心した。

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 下はその場所。駐車場の地下に眠っているそうだ。

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 安徳天皇の「新造内裏」第1案や、平頼盛亭跡とされる荒田八幡社、後白河三条殿跡などとされる祇園遺跡、祇園社、清盛邸跡、雪御所跡(平重衡亭跡)など3時間歩いたが、まち全体で同京跡であることを顕彰しようとしていた感じをうけた。

 前日、よみうり文化センター京都教室の巡検で歩いた長岡京域も同様の思い(どちらかというと自治体=向日市主導だが)をもった。これにくらべて京都市は・・。六波羅殿跡、西八条殿の発掘成果や地表面表示があきれるほど少ない。

 写真は「雪見御所旧跡」碑(湊山小学校敷地北側、道路に面して)。

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 なお祇園社、2年前、同じく京都新聞文化センターの龍馬巡検でも来たことを思い出した。勝海舟の支援者のひとり生島四郎寄進の燈篭と、至近にそのの邸宅もあったから。

 奇遇にたいへん驚く。

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2012.05.24

『池田屋事件の研究』その後

 昨年秋に刊行した拙著『池田屋事件の研究』(講談社現代新書)、その後あらたな情報をえて、正直加筆したくてしょうがない。

 山田虎之助のこと、まったくふれられなかった。龍馬に屋敷を貸していた大仏瓦師の久板五郎兵衛のこと、古高俊太郎が隠匿にかかわった松山忠助(越後三郎)など。

 とりあえず加筆はできないので、どこか別で報告するほかないな。乞うご期待。

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2012.05.15

巡検のご案内

以下の巡検を行います。よろしければおこしください。

★「都名所図会」をあるく-山城国紀伊郡編

●2012年5月21日(月)午前10時、京阪電車「中書島」駅北改札集合

行き先:大黒寺、金札宮など(京都市伏見区)

●同年5月28日(月)休講

●同年6月4日(月)午前10時、JR「稲荷」駅改札集合

行き先:宝塔寺、瑞光寺、仁明天皇陵など(同市伏見区)

※予約不要、参加費1,000円(現地でお支払いください)、雨天中止。

主催:中村武生歴史地理研究室

★天皇陵をあるく―皇陵巡拝会道標をもとめて

●2012年5月16日(水)午後1時、京福嵐山電鉄「嵐山」駅改札集合

行き先:後嵯峨天皇・亀山天皇陵、後亀山天皇陵、有智子内親王墓、後嵯峨天皇・亀山天皇・後伏見天皇火葬塚(京都市右京区)

●同年5月23日(水)休講

●同年5月30日(水)午後1時、地下鉄東西線「東山」駅改札集合

行き先:花園天皇陵など(同市東山区)

※予約不要、参加費1,000円(現地でお支払いください)、雨天中止。

主催:中村武生歴史地理研究室

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2012.05.09

今村直樹さんから玉著を拝受

 今村直樹さん(静岡大学)から以下の玉著を拝受いたしました。

一、志村洋氏・吉田伸之氏編『近世の地域と中間権力』(今村直樹氏「十九世紀熊本藩の惣庄屋制と地域社会―阿蘇郡北里手永を中心に」所収)、山川出版社、2011年12月

以上

記して御礼申し上げます。

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大韓民国旅行で失敗したと感じたこと

  大韓民国旅行で失敗したと感じたこと。

 ①自身のケイタイ電話が海外では使えないと思い、関西国際空港で期間限定のケイタイレンタルをしたのに、現地に入って、実はわがケイタイは大韓民国で使えたと知った。

 滞在中、電源を切ったまま全く使わず。約5,000円の損失。

 ②大韓民国では使い放題パケットにしないと高額の料金がかかりますよと、ケイタイ電話会社からメールが来たので、それに従い国際設定にして大韓民国の事業者へ手動設定に変えた。

 帰国したら自動設定に直せと指示されたと思っていたので関西国際空港に着いて実行しようとしたら、圏外になっていた。

 いつまでたっても圏外のまま。

 そう、大韓民国事業者に設定されているわけだから、日本国では圏外になっていて当然。

 大韓民国から出る前に自動設定に戻しておくべきだった。

 さっそくサービスセンターに駆け込み事なきをえた。

 ③日本から持ち込んだ電気製品はそのままでは使えないと思い、国内で変圧器を買って行ったのに、フラグの形状が異なり使えなかった。

 ホテルで事情をいうと貸してくれた。

 次に泊まったホテルでは、そもそも変圧器が不要だった。約3,500円全くムダにした。

 ④日本円をウォンに変える必要があった。

 言葉が通ずるところでと思い関西国際空港で行った。

 3万円が36万7千ウォンになった。

 のちに大韓民国で変えたという同行者から金額を聞いて驚いた。

 同額が40万ウォン強だった由。3,000円ていど減額だった計算。

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2012.05.06

巨済島の倭城、最終日

大韓民国・巨済島の倭城を見る会、最終日。

 倭城洞(ウェソンドン)城(見乃梁城)跡に行く。

 海岸の真横。波よけの石垣の基底部が残っている。「元冦防塁」(福岡県)を彷彿させて興味深い。

 倭城洞城は、いつもの高田徹さんや堀口健弐さんたちの縄張り図のほかに、九州大学文学部九州文化史研究施設架蔵倭城址図(以下、九大図)があるので(巨済島の倭城では当城のみ)、たいへん助かりました。写真は以下。

 岡の右端が天守台と九大図にある。

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2012.05.04

「倭城」大手口の階段規模に感激

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 大韓民国・巨済島、「倭城」跡の踏査3日目(「倭」は大陸・半島の日本に対する蔑称だから、日本人が「倭城」というのはどうかと思うのだが、すでに歴史用語化しているので)。

 本日は、長門浦(チャンムンポ)城と、松真浦(ソンジンポ)城跡。

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 上は長門浦城跡の本丸天守の石垣。長門浦城は2地域に曲輪をもつ。本日は昨日と異なり、縄張り図を描くことをやめ、多く見ることにしたので、短時間に両曲輪を歩きまわる。

 午後から松真浦城跡。一気にまず頂上にある本丸まであがり、他の曲輪へ下っていく。

 なんとなく疲れが出だしていたところで、最下部近くの大手口の階段の痕跡にきづき、目が覚める。今踏査最大の感激をした。

 何とかっていう距離を測る機会で幅約5間(8・8メートル)とわかった。両側の石垣列も残っている。幅約5間をはさむ大手門ってどれだけでかいんだろう。その直下がもう海岸。海から巨大な大手門が見えただろう。想像してゾクゾクした。下の写真はそれ。

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2012.05.03

倭城をみている

 大韓民国・巨済島におります。

 豊臣秀吉軍が朝鮮半島に築城した城「倭城」を見に来ております。

 本日見たのは、島津義弘が在城した「永登浦城」と(【出典】「永登浦倭将義弘来陣」という「宣祖実録」宣祖28年11月庚午条の記事<1595年、文禄4年>高田徹さん「巨済島4倭城の縄張り」『倭城の研究』創刊号、19ページ、1997年)、

 豊臣秀勝(小吉、浅井江の夫)終焉地という説もあるらしい(出典不明)「旧永邑城」です。

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2012.05.01

中村武生の学習会ご案内

中村武生のいろいろな学習会です。

 よろしければお越しください。

「都名所図会」をあるく

  第30回 伏見城下町以前の集落跡をあるく―金札宮、大黒寺など

 2012年年5月7日() 午前10時、京阪「中書島」駅北改札

 受講料:1回1,000円(予約不要。集合場所でお支払いください)

 ○おおよそ12時まで(約2時間) ○雨天中止

基礎からまなぶ!日本歴史

 「華族令と内閣制度」

日時:2012年5月8日(火)午後0時30分~1時40分 

会場:キャンパスプラザ京都・5階第3・4演習室

  受講料:1回500円(予約不要。会場でお支払いください)

天皇陵をあるく―「皇陵巡拝会」道標を求めて

  第18回 仲恭天皇陵と崇徳天皇中宮陵

  2012年年5月9日(水)午後1時、京阪本線「東福寺」駅東改札

 ○おおよそ3時まで(約2時間)。

 ○予約不要   ○雨天中止   ○参加費:1,000円

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主催:中村武生歴史地理研究室

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