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2012.01.14

七卿落ちのルートを歩いた

  マニアな幕末史蹟めぐり(B班)があった。七卿落ちのルートを歩いた。大仏御殿妙法院から伏見をめざす。どの道を通ったか、同時代の信用できる史料は沈黙している。今回は竹田街道を取った。根拠は『三条実美公履歴』。
  本日は幸運にも三条実美らが入った妙法院客殿にちかづけた。大仏南門前の喫茶店でおいしいコーヒーの休憩が取れた。旧竹田村(城州紀伊郡)で午後5時になったので打ち切った。
 新年度に竹田村から伏見を経て、摂州芥川宿、同郡山宿をめざす。
※<後記>七卿落ちのルートを記した信用できる同時代史料は沈黙していると記し、二次史料である『三条実美公履歴』を使って、竹田街道を歩いた。が、七卿のひとり三条西季知の日記に記載があった。「大仏より伏見街道ヲ南ニ取進発了」である(『維新日乗纂輯』1、390頁)。なんとどんくさい。参加者におわびいたします。
 ただしなぜ『三条実美公履歴』は竹田街道と記したのか、三条西季知の記載がまちがいないといえるのかはしばらく留保したいと思う(2012年1月28日)。

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