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2011.12.31

『国史大辞典』全巻が拙宅に来た喜び

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  いまごろかとあきれられると存じますが、今夜(もう昨夜か)、『国史大辞典』全17冊(全15巻、吉川弘文館)が拙宅に来ました。

  たいそう喜んでおります。感慨深くあります。ながく、どんだけ欲しかったか。

 『大漢和辞典』全13巻(大修館書店)、『日本国語大辞典』全20巻(小学館)が手に入ったとき以来の気分と思います。

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2011.12.30

【お知らせ】幕末講座B班、2月延期

【お知らせ】幕末マニア講座、以下の回を延期いたします。ご注意ください。

2012年2月11日() 第5回 龍馬の「初恋」相手平井加尾、高知へ帰る

以上

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2011.12.27

僕のコメントが京都新聞に載りました

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 本日(もう昨日)の京都新聞夕刊に、僕のコメントが載りました。幕末期の京都における伊藤博文(「春輔」)書翰の発見記事です。

 出所は霊明神社(京都市東山区清閑寺霊山町)です。毛利家の京都での戦没者慰霊の地です(1877年に毛利家家臣や坂本龍馬らの墳墓の土地が上知され、現霊山護国神社が取得し現在にいたります)。毛利家の代表として伊藤が亡くなった直後の家臣4名の祭祀を依頼したものです。

http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20111226000049

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2011.12.25

京都新聞読書欄に『池田屋』が掲載される

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 2011年12月25日(日)

 本日の『京都新聞』朝刊「読書」欄「新刊の本棚」に、拙著『池田屋事件の研究』(講談社)が掲載されました(19面)。

 「なじみ深い事件が、いかに研究対象とされてこなかったか、に驚かされる。幕末史ファンには必読の一冊」とあります。書評子さま、ありがとうございました。

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2011.12.24

「陀峯へ内々参詣」ってなんだろう?

「中村武生のくずし字入門」。

八月十八日政変直前の洛東大仏御殿(妙法院)家来の周辺。

「大和金山」(全山?、原文「銀山」を訂正してある)奉った丹波屋庄兵衛が分からない。

ただし元治元年4月8日(1864)付古高俊太郎宛喜多村雅楽書翰の「大和銀山願主」の丹波屋庄兵衛と関わるものと思われる(『殉難国士古高俊太郎伝』附録27ページ)

その他、「陀峯へ内々参詣也」が注目される。

「陀峯」は阿弥陀ヶ峰の意だろう。

でも阿弥陀ヶ峰に内々に参詣ってなんだ?新日吉社か?まさか豊国社跡や豊臣秀吉墓ではないだろう。、それ以外全く思いつかない。八月十八日政変の直前、文久3年8月10日(1863年)のことである。

そのあと大谷大学へ。祝祭日だが講義がある。

本日は巡検。近くの「三宅安兵衛遺志」標石を訪ねる尾形光琳宅跡碑である。

1929年(昭和4)1月建立と刻まれている。最後の三宅碑の一つ。面には京都史蹟会建とある。同会が三宅清治郎から資金を託され建てたと思われる。が、三宅日記に記載がない。

ついで上御霊神社にまいり、応仁の乱勃発地標石や境内の新村出句碑についてコメントする。もう少し時間があれば新村出旧邸を訪ねられたのに。

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2011.12.22

秀吉の洛中城郭、妙顕寺城跡をあるく

2011年12月22日(木)
 理髪した。
 
「中村武生とあるく洛中洛外」(主催:京都新聞文化センター)があった。
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 本日は秀吉の洛中城郭〈妙顕寺城〉跡。
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 遺跡地は、油小路以東、二条大路以南、西洞院大路以西、三条坊門小路以北の南北2町、東西1町。これはすなわち閑院内裏跡に一致することをつよく述べた。「古城町」などの地名が残ることの珍しさも主張。
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 あわせて綾小路大宮、四条櫛笥などの洛中各所の妙顕寺跡を見て歩いた。最後は寺之内の現在地にまで及んだ。
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 解散後、近くで拙著『池田屋事件の研究』の取材を受けた。

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2011.12.21

清和天皇火葬塚や冷泉天皇陵などをめぐる

 2011年12月21日(水)はれ
 「天皇陵をあるく-皇陵巡拝会道標を求めて」終わる。
 本日は清和天皇火葬塚と冷泉天皇陵・同火葬塚参拝。後者はおそらく25年ぶり。
 至近に陵墓多く、宗諄女王墓、後水尾天皇皇女昭子(顕子)内親王、後醍醐天皇皇子尊良親王陵も参る。
 皇陵巡拝会の道標も4基見た。今回は大漁だった。
 帰宅してから、コース上の禅林寺(永観堂)に、清和天皇御髪塔・後三条天皇御骨塔があることをHさんに指摘された。
 江崎政忠編『皇陵巡拝案内記』(1933年)に記載がなかった。残念。

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2011.12.20

逢坂山を越えた

2011年12月19日(月)
「都名所図会」をあるく、終わる。
本日は東海道を髭茶屋町から逢坂山を越えて大津八丁まで。
三つの蝉丸神社を参拝。山ほど車石を見て、最後は長安寺の牛塔。
「都名所図会」ではなく、「近江名所図会」をあるくでした。

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2011.12.13

大石内蔵助旧蹟をあるく

Dcf_0513
「都名所図会をあるく」宇治郡編。
椥辻村から栗栖野村をへて花山稲荷へ。
同神社の神主さんに親切にしていただく。
参加者全員に社略誌を頂戴した。
さらに普段開けておられていない西口を開けてくださる。
その旧道沿いに「(大石)良雄断食石」が過去にあった。
跡地付近をしのぶ。
旧道を通って西野山村に入る。
西野山村の「山科大石古蹟」に向かう。
天保14年(1843)の道標(写真)の意味するところに初めて気遣く。
安永4年(1775)建立の大石内蔵助仮居跡碑に到達。
なぜか昭和初年以前から「遺髪塚」とされている。
巌屋大明神へ。
「延喜式」の由緒を襲いいま山科神社を名乗る。
現山科神社本殿建物は、江戸前期までに現在の形になったとされる。
つまり大石内蔵助がふれた建物といえる。
あさって討ち入りの日(山科義士まつり)。
思うことがたくさんあった。

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2011.12.10

本日は龍馬遭難の日

 坂本龍馬が襲われて落命した慶応3年11月15日は、西暦では1867年12月10日にあたります。すなわち本日です。

 本日の京都(洛中)は寒いです。風邪をひき、普段居住していた土蔵を出て、母屋にいたところを凶刃に倒れたという状態を体感するにはよき日と心得ます。

 龍馬遭難とおなじ時刻ごろの午後8時、龍馬遭難地の近江屋新助方跡では、京都龍馬会の赤尾博章会長による、龍馬遭難譚が語られます。

 信用できる史料にもとづいた厳密なお話がうかがえるはずですので、お越しになられてはいかがでしょうか。

日時:2011年12月10日(土)午後8時

場所:京都市中京区河原町通蛸薬師下ル西側、サークルK(龍馬遭難碑)の南隣地のジュエリーショップの前

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2011.12.09

明治維新関係では9位です

 アマゾンの明治維新本では、9位まで来ました。ありがとうございます。

http://www.amazon.co.jp/gp/aw/b/561464/ref=ib_pg_1_2

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高著・玉稿拝受

 以下の書籍・論文などを恵贈いただきました。記して御礼申し上げます。

一、草野顕之さんから

 ●草野顕之氏『シリーズ親鸞』6巻<親鸞の伝記>、筑摩書房、2010年

 ●草野顕之氏「『教行信証』成立史の諸問題」『真宗教学研究』31号、2010年

 ●草野顕之氏「大谷大学『建学の精神』の形成過程」『会報』2009年度、2011年9月

一、山田邦和さんから

 ●財団法人古代学協会編・発行『古代学協会六〇年史』、2011年10月

 ●山田邦和氏「歩いて楽しむ京都の歴史」58~86、『中日新聞』2011年5月7日~11月19日

 ●山田邦和氏「『福原遷都』はなかった」高橋昌明編『平清盛』<別冊太陽>、平凡社、2011年

一、安田清人さんから

 ●NHK取材班編著『日本人はなぜ戦争へと向かったのか』<戦中編>、NHK出版、2011年11月

一、渡邊大門さんから

 ●渡邊大門氏『戦国期赤松氏の研究』、岩田書院、2010年

 ●渡邊大門氏『戦国期浦上氏・宇喜多氏と地域権力』、岩田書院、2011年9月

一、古野貢さんから

 ●古野貢氏『中世後期細川氏の権力構造』、吉川弘文館、2008年

以上

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2011.12.08

井上章一さんがまた拙著の書評を書いてくださった

 昨日の日本経済新聞夕刊に、井上章一さん(風俗史家)が拙著『池田屋事件の研究』(講談社現代新書、2011年11月刊行)の書評を書いてくださりました(星4つ)。

 同書評欄では、2008年10月刊行の『京都の江戸時代をあるく』についで2度目です。昨年の『中村武生とあるく洛中洛外』(京都新聞出版センター)も『週刊新聞京都民報』にお書き下さいました。3冊連続です。あつく御礼申し上げます。

http://www.nikkei.com/life/review/article/g=96958A96889DE1E5E2E7E6E7E7E2E2E4E3E0E0E2E3E39C9C99E2E2E3;p=96948D819791E18D91938D81E38D

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2011.12.05

池田屋、新書ランキング34位まであがった

 アマゾン 新書ランキング、いま34位。

http://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0-%E6%9C%AC/s?ie=UTF8&rh=n%3A465392%2Ck%3A%E6%96%B0%E6%9B%B8%20%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0&page=1#/ref=sr_pg_3?rh=n%3A465392%2Ck%3A%E6%96%B0%E6%9B%B8+%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0&page=3&keywords=%E6%96%B0%E6%9B%B8+%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0&ie=UTF8&qid=1323077804

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池田屋事件、明治維新本では19位です。

 アマゾンの「明治維新」に関する書籍全体では、19位です。これはすごい。

http://www.amazon.co.jp/gp/aw/b/561464/p=2/ref=ib_pn_1

 ちなみにそのなかで、30日以内に刊行されたものと限定すると、なんと首位です。

http://www.amazon.co.jp/gp/aw/s/ref=ib_r_p_n_publication_date_books?n=561464&p_n_publication_date=82837051

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アマゾンの新書ランキングで62位

 拙著『池田屋事件の研究』が、アマゾンの新書ランキングで、62位です。健闘していると思います。ありがとうございます。

http://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0-%E6%9C%AC/s?ie=UTF8&rh=n%3A465392%2Ck%3A%E6%96%B0%E6%9B%B8%20%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0&page=1#/ref=sr_pg_6?rh=n%3A465392%2Ck%3A%E6%96%B0%E6%9B%B8+%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0&page=6&keywords=%E6%96%B0%E6%9B%B8+%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0&ie=UTF8&qid=1323060962

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