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2011.09.13

池田屋事件をまだ知らず毛利定広が軍事調練を行った場所にきた

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 とりあえず、昨日の成果。

 大楽源太郎の西山書屋跡の石碑(防府市台道上り熊)。

 昨年9月建ったばかり。建立者は、「ふるさと大道を掘り起こす会」。

 茶室跡と塾生寮跡を示す平坦地もあった。

 どうしてわかるかの追及は、いまはおいておきます。

 この眼下(東方向)に、繁枝ヶ原が広がる。

 元治元年6月6日(1864年7月9日)、率兵上京の決定を受けて、世子毛利定広が軍事調練を行った場所。

 この前夜、京都では池田屋事件が起きている。

 池田屋の報が山口につくのは6月12日。ちなみにその使者のひとりが大楽源太郎。

 大楽が西山書屋を営むのは、それから2年ものちのこと。

 ここから寺内正毅を出したことは、司馬遼太郎の小説などで有名でしょう。

 繁枝ヶ原を見に来て、たまたま大楽に出会ったという感じ。

 もよりの駅は、JR大道駅です。

 駅からすこし西へ進むと「繁枝神社」があります。調練の日、定広はこの木陰で休憩しただろうかと想像していたら、ここに大楽の石碑があり気づいたというわけ。

 入り口には西山書屋跡碑への道案内板までありました。それゆえ訪問できたというわけです。

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