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2011.07.04

「池田屋事件」総タイトルの公開

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 これまでの池田屋事件の連載に便宜的にタイトルをつけたものを公表します。調べたら原稿用紙約500枚ありました。新書300ページぐらいになるだろうか。講談社メルマガでの実際の回数や公開年月日とあわないものがありますが、気になさらないでください。

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第1章  古高俊太郎の「発見」

第1回 なぜいま池田屋事件なのか 2007.5

第2回 実証性のない古高俊太郎伝 2007.6

第3回 発見されたる古高俊太郎の供述書 2007.7

第4回 古高俊太郎は毛利家の遠縁にあたるか 2007/8/

第5回 供述書はホンモノだった 2007/8/

第6回 金沢で古高俊太郎関係文書みつかる 2007//

第7回 政変から池田屋直前までの書翰群だった 

第8回 書翰群と書付写を補完しつつ古高伝をつくる 2007/10/31

第9回 古高父子と梅田雲浜 2007.11.29

第10回 古高父子は山科毘沙門堂門跡の非常勤職員だった 2007.12.20

第11回 和宮降嫁と古高兄妹 2008.1.31

第12回 山科毘沙門堂慈性法親王の上洛・離洛 2008..29

第13回 湯浅五郎兵衛と古高 2008.3.30

第14回 桝屋喜右衛門家と真町文書 2008..24

第15回 古高入家以前の桝屋喜右衛門家の混乱 2008..1

第2章  池田屋事件への政治過程

第16回 桝屋喜右衛門相続のころの幕末政局 2008..

第17回 八月十八日政変 2008..1

第18回 諸侯へ檄をとばす三条実美 2008..1

第19回 ふたたび政権をにぎる正義党政府 2008.1.

第20回 古高俊太郎、長州屋敷と接触する 2008.1.3

第21回 大高又次郎論 

第22回 古高俊太郎の志士活動 200.1.5

第23回 池田屋事件への道―いかにして「進発」に及んだか 

第24回 出師三策と来島又兵衛―池田屋事件への道2 200..

第25回 参預会議と長州征討―池田屋事件への道3

第26回 参預会議解体と国司信濃上京延期―池田屋事件への道4 200..

第27回 元治国是と世子進発決定―池田屋事件への道5 200.8.31

第28回 栂尾会議の再検討―池田屋事件直前 200.10.15

第3章  池田屋事件おこる

第29回 古高俊太郎の逮捕 2009.12.1

第30回 新選組、会津へ出動を要請 2010.1.6

第31回 乃美織江の手記の検討 2010.1.31

第32回 当夜、長州屋敷には誰がいたのか 2010.3.3

第33回 吉田稔麿の動き 2010.4.1

第34回 新選組、池田屋に入る 2010.6.4

第35回 池田屋での戦闘 2010.6.21

第36回 池田屋には誰がいたのか 2010.6.28

第37回 会津・桑名の動き 2010.7.5

第38回 杉山松介の受難 2010.7.20

第39回 吉田稔麿は杉山松介と同行したか 2010.7.26

第40回 吉田稔麿の最期 2010.8.2

第41回 池田屋で受難した人たち 2010.8.9

第42回 新発見の野老山吾吉の調書の内容 2010.9.2

第43回 見落とされていた野老山吾吉の調書 2010.9.6

第44回 藤崎八郎の調書もあった 2010.9.14

第45回 襲われた坂本龍馬らの居所 2010.9.20

第46回 池田屋集会者は蝦夷開拓メンバーか2010.10.4

第47回 大高宅は数十人の壮士による「革具足製造所」か 2010.10

第48回 池田屋襲撃当夜の各所での逮捕者2010.11.2

第49回 西川耕蔵の逮捕 2010.11.30

50回 松田重助の逮捕 2010.12.24

51回 三縁寺の埋葬者は何人か 2011/02/01

52回 長州毛利家は洛東霊山に遺体を葬った 2011.3.2

53回 三縁寺発掘の疑問を解く 2011/04/12

54回 6月6日以後の浪士追捕 2011/04/27

最終回  禁門の変をへて事件解明へ 2011/06/30

以上

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