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2011.04.09

鍼医、御薗意斎を考える

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 明日の御土居堀を考える講座で、御薗意斎(みその・いさい)をとりあげる。

 中世・近世移行期に、各所で構築された都市の囲郭施設(外郭、惣構の土塁・堀)が近世・近代をどのように生きたのかをさぐる研究の一環である。

 享保17年12月(1733)、ミヤコを囲む惣構の土塁のうち、東部の二条・松原間の公儀支配地を買得したことで知られる。

 鍼医で、霊元上皇をながく診た人。御薗意斎は世襲名で、当時は4代目常倫である。

 豊臣・江戸時代あわせて(いやもしかしたら現在までも)、こんなに大量の「御土居地」を個人で取得したのはこの人だけ。なぜ彼だけ許可がおりたのかと疑問がわく。

 意外と事実が少ないので(広まっていないので)、事実をまとめてみようと思った。史料がないわけではない(研究は皆無だろう)。

 拙著『御土居堀ものがたり』(京都新聞出版センター、2005年)でも御薗意斎は特集しなかった。他意はない。気がまわらなかったのだ。重要な存在とはわかってはいたのだ。

 それを明日、とりあえず初回発表ていど(中間発表でもなく)にお話ししようと思っている。あまり期待しないで。

 ※明日(2011年4月10日)の御土居堀を考える講座は、午後0時30分~1時40分、キャンパスプラザ京都5階第3・4演習室(下京区西洞院塩小路下ル東側)。参加費500円。

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