宮部鼎蔵と西川耕蔵墓発見の事情
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1月3日(月)はれ
父の誕生日なので、単身実家に行った。古稀である。鶏なべをいただいた。おいしかった。俳優経験のある愛犬Rが大騒ぎだった(鶏が大好き)。
箱根駅伝をやっていた。妹の夫の実家がコース上にあるらしく、映るかもしれんとは聞いていたが、復路2時間21分あたりで本当に妹が映った。そんなうまいこと映るものではない。奇跡だといいあった。
夕方には辞去し、家に帰って、入浴介助に参加した。
夜、三縁寺の宮部鼎蔵の墳墓を発見した、熊本の松村秀真なる人が気になった。ネット検索したら講談社メルマガの自分の過去の文章にひっかかってとても驚いた。完全に忘れている。
北垣国道の日記(塵海)に登場していたのだ。発見の4年前、池田屋事件戦死者にふくまれる「元山(七郎)」とは誰かと北垣に尋ねている。
おなじ熊本出身だからなるほどと思えるが、以前から宮部や池田屋事件に関心があったのだ。だから発見につながったのだろう。
この点、西念寺の西川耕蔵の墓発見も同様といえる。これも見つけたのは西川太治郎で、同族のものとして、ながく顕彰をしていた人である。『西川正義』や『池田屋事変殉難烈士伝』も刊行している。
埋葬地がわからないからといって、わざわざ大津市・長等山に顕彰碑を建てたぐらい。直接関係ないのに。その直後、西念寺の墳墓をみつけるのだ。執念だな。
過去の自分にネット上で教えてもらった。不思議な体験だったので明記した次第です。
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