11月27日から11月28日までの中村武生
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11月27日(土)はれ
名古屋市の栄中日文化センターに出講。龍馬講座。海援隊誕生といろは丸事件について論じた。海援隊誕生につき、木戸孝允宛の石田英吉の書翰がおもしろいと紹介した。
終了後、いつもの懇親会をお断りして、愛知県図書館に行く。関西圏のどの図書館にも所蔵されていない(古書店でも見当たらない)書籍を複写に行く。2時間半ほど滞在。知らない史料にも気づいたりで、ひさしぶりに学生に戻ったような気分だった。本日は入浴介護なし。
11月28日(日)はれ
本日から、京都新聞旅行センターの「中村武生と行く!坂本龍馬、鞆の浦史跡へ」に出発。参加者30人。使用したのは帝産バス。カリスマバスガイドの藤岡さんが来て下さる。
いろは丸事件談判地のひとつ、旧魚屋万蔵方(御舟宿いろは)で昼食。経営者の松居さんに鞆ノ浦裁判のお話をしていただきたかったが、ご多忙すぎてあきらめる。
午後からは鞆の市街地を巡検。
対潮楼こと福禅寺(国史蹟、談判地のひとつ) → 雁木(港の遺構) → いろは丸展示館 → 太田家住宅(国重文、県史蹟) → 鞆城跡 → 桝屋桑田清右衛門の墓(法宣寺、龍馬の旅宿の主人、写真) → 沼名前神社 → 旅宿(景勝館、桝屋桑田清右衛門方の旧敷地)
太田家住宅(旧中村家)では、鞆の町を守ってこられた先人のひとり、大井幹雄さんにご案内いただき、普段は見学できない2階にも足を入れさせていただいた。
太田家住宅(旧中村家)は、七卿が都落ちのときと、禁門の変の際の京都出兵のおりの二度使用している。
いずれの地も、ことごとく信用できる同時代史料によって裏付けられる。これが鞆町の幕末史蹟のすごいところ。
予定より早めに終わったので、旅宿に入ったあと、オプションで希望者だけ第二次巡検を敢行した。紀州方の旅宿跡円福寺や、頼山陽の住居となった大坂屋上杉方(対仙酔楼)などをご案内する。
夜は宴会のあと、有志で一室に集まり大河ドラマ「龍馬伝」最終回を見る。あまりの内容に、終始ぼやき続ける。
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