御土居堀、崩れる
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去る7月16日(金)の京都新聞朝刊などによれば、このたびの豪雨で、京都の惣構(そうがまえ・城壁・環濠)の御土居堀の、国史蹟指定地の一部が崩落した由。
たとえばここ→http://www.47news.jp/news/2010/07/post_20100715214204.html
場所は京都市北区大宮土居町で、全体のうち北端部分です。
ここは長さ約300メートルもあり、史蹟指定地9か所のなかでも最も保存状態が良いところです。
その指定地の北西部分の堀の北側の「肩」部分の上端が二ヶ所、それぞれ横幅約3・6メートル、約10・4メートル崩れたそうです。
新聞に掲載された市文化財保護課のコメントが気になった。
「御土居そのものに影響はない」。
御土居(土塁=城壁)部分のみが大事で、堀は崩れても問題ないように聞こえます。
堀部分も指定地ですし、何より豊臣期の史料に「土居堀」と記され、堀も土塁(土居)と同じ扱いでした(たとえば天正19年(1591)9月23日付・豊臣秀吉朱印知行目録『北野天満宮史料/古文書』157ページ)。
「御土居」は、堀を軽視した徳川時代の用語です。
史蹟指定・保存の理由として、豊臣期に価値の大半を与えておられるはずなのに、どうして堀は大事にされないのでしょう。
堀をはぶいた、「御土居」という呼称が問題なのかも知れない。
それゆえ僕は「御土居」ではなく、「御土居堀」と呼びましょうと提唱した次第です(中村武生『御土居堀ものがたり』8ページ、34~36ページなど、京都新聞出版センター、2005年)。
今回もまた同じ印象を受けました。気のせいだとよいのですが。
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