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2010.05.31

龍馬・お龍ゆかりの青蓮院旧境内を歩きまわる

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5/29(土)はれ

 午後から、NHK文化センター大阪教室「坂本龍馬研究の最前線を現地で学ぶ」講座の巡検。

 前回にひきつづき、今回も龍馬・お龍ゆかりの地。

 前回は出会いの地、大仏南門周辺をあるいた。今回は「結婚式場」であり、お龍の父が仕えた青蓮院旧境内を対象にした。

 地下鉄東山駅に集合し、まず金蔵寺跡に京都龍馬会が建てた「坂本龍馬・お龍『結婚式場』跡」標石へ。

 旧境内の塔頭の多くが維新の混乱で消失した。金蔵寺もしかりだが、隣地の尊勝院が青蓮院の裏山に移設されている。古図を片手に尊勝院旧地を確かめ、現在の尊勝院へ向かう。

 尊勝院本堂は豊臣期の建物の由。さすれば龍馬らが立ち寄っていれば触ったかも、はいいとして、この本堂はいま庚申堂と兼ねている。

 青蓮院の庚申堂とはもと金蔵寺のことだった。江戸時代の絵図に白川三条あたりで「庚申」の表記があれば、金蔵寺のことだ。

 だからかろうじて龍馬らのゆかりの施設と役割がいまも生きていることになる。ただし建物は金蔵寺のものではないけれど。

 その後、青蓮院の建物に入る。有料だったが受講者から苦情もなく。500円です。

 一般観光客が多く、モチベーションが落ちることかぎりなく、建物内で解説できず庭園でお話しする。

 お龍の父、楢崎将作が青蓮院門跡に仕えたこと御典医だったことはまちがいないが、それが有名な尊融法親王(のちの中川宮朝彦親王)かどうか疑わしいことを述べた。

 詳しくは拙稿「楢崎将作ノート」(『近時新聞』第2号、京都龍馬会、2010年1月)をご覧ください。

 時間オーバーしていたが、近くに京都守護職の門とされるものが現存しているので、それを見に行く。

 これがほんとうに京都守護職の門かという話をする。

 京都守護職は現京都府庁の位置にあった。その古写真に、同じと思われる門が映っている。事実とみてよいと思うと述べる。

 写真は、『総合資料館だより』№117の表紙に入っている(京都府立総合資料館、1998101日発行号)。ご参考まで。

 夜は、関東の町田明広さん(明治学院大学)が上洛のため、懇親する。明日から三週間、毎日曜日、佛教大学通信教育部で講義をなさる。受講者は最新の八月十八日政変論が聞ける。なんとぜいたくなことであろうか。

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