京都町奉行所の救援、都市民の感謝の声を読む
3/12(金)
いつもの「くずし字入門」に出講。
ながく愛顧した「松屋田淵治兵衛日記」だが、次回でついに終る。
本日も2つのネタ。ひとつは、嘉永5年9月3日、「北野万燈札」がでた由。
(何かの修復が成ったので)9月23日から10月13日までの21日間(原文は「三七日間」。3×7=21なのだそうだ)、内陣の特別拝観があったそうだ。
「誠におびたゝ敷(しく)参詣」があったため、5日間会期が延長された由。
もうひとつは、前にもあった米価高騰になやむ京都都市民への奉行所の施行(せぎょう)のはなし。
「9月中ごろにお触れが出た。昨亥年(嘉永4年=1851)霜月(12月)1日より市中の10か所で施行(が行われた)。飢人(か)を助ける。1日に2万人ばかり。米価高値になったので、(奉行所の指示で)有志が助成いたし遣わした。奇特なことと思し召し、国恩のありがたさを存じ、永遠に奉行所(「御公儀」)の帳面に記し置く。末代・・・(以下欠)」。
飢えに苦しむ都市民の感謝の声である。
「諸品や米の価格が追々下落してきたので、もはや施行も(必要なくなった)。20日中にお触れが出た。」
このお触れが『京都町触集成』12巻所収分のどれにあたるのか。該当しそうなものがない。
ただし、「子九月廿九日」付の344号文書(110~111ページ)が、「奇特成もの共」へ公儀(政府)が「御褒美金銀を下した」ことなどを報じている。関連史料であろう。
実に興味深い。
次回が「松屋田淵治兵衛日記」の最終回である。
嘉永5年(1852)7月21日、風雨により鴨川にかかる五条と三条の橋が落ちる。その見聞を記したもの。よろしればおこしください。
記
2010年3月19日(金)午後0時30分~1時40分
場所:キャンパスプラザ京都5階・第3・4演習室(JR京都駅烏丸中央口から西へ徒歩5分。下京区西洞院塩小路下ル東側。ピックカメラの北向かい)
案内:中村武生(歴史地理史学者・京都女子大学非常勤講師)
参加費:500円
持ってくる物:えんぴつ・けしごむ・原稿用紙など
※どなたでも参加できます。予約不要です。直接会場におこしください。
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