吉田東洋の日記を読んで梁川星厳を思った
3/17(水)はれ
出かける用事がなかったので、家に籠って仕事をした。
時間があると余裕ができて、いろいろ放置してきたものがかたづく。仮にこれといったものが何が進まなくても、意義がある。
『吉田東洋遺稿』を読んだ。坂本龍馬や武市瑞山を知るためには、吉田東洋もまなぶべきである。
吉田東洋も京都に来ている。嘉永4年(1851)3月12日、有馬温泉への湯治のついでだ(「有馬入浴日記」『吉田東洋遺稿』341~342ページ)。
既述したが岩崎弥太郎と同じく、梁川星厳に会いに行っている(同年3月13日)。梁川星厳って、いまはさほど関心は高くないと思うが、同時代にはかなりの有名人である。
それにしても梁川星厳の家には見知らぬ者が頻繁に訪ねてきているようだ。たいへんだったろうな。僕ていどでも、年中いろんな人からアプローチがあって閉口しているのに。
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